23 真実の恋 【23-3】


【23-3】


「上司?」

「そう、昨日、栞も初めて知ったみたいなの」


朱音は、多田が新堂と話す栞の前に現れ、声をかけたのだと説明した。


「新堂さんが、栞に、どうして多田部長を知っているのって聞いたらしいけれど、
栞、驚いちゃってその場では何も言えなくて。で、昨日、そう話すから。
私、『シャイニング』にヘルプで出たとき、来てくれたお客様だと説明した方がいいって、
そう……」

「まぁ、そうだな」

「でしょ。とりあえず栞もそう言ったみたいなんだけど、その後、
このままじゃ申し訳ないって、泣き出しちゃって」

「泣き出したのか」

「うん……でも、付き合っていただなんて、言ったらまずいでしょ」


朱音は、どうして多田が新堂の上司だったのかと、嘆きだす。


「確かにな、あまり聞いて気分のいいものではないだろうし」

「だよね。だって『不倫』していましたってことなんだから」


朱音は、飲みかけのカフェオレに口をつける。


「まぁ、いくらなんでも、多田って男も大人だろうし、
栞を真剣に思ってくれていたのなら、部下にあれこ言うとは思わないけれど……」


良牙はカフェオレを入れなおすと、朱音の前に置く。


「そう、そうなんだ、思いたくないけれど……」

「ん? 何かあるのか」

「多田さん、結構、遊んでいたみたいでさ」


朱音は、良牙に言うと怒り出すのではないかと思い、言えなかったと前置きし、

ヘルプに入った店でも、多田を何度か見かけたとそう言った。


「私よりも若いホステスに、結構入れ込んで。栞と同じように、外で会っていたみたい」

「は?」


良牙は思わず朱音を見る。


「あぁ、もう、ほら……そんな強い目を私に向けないでよ。
だから嫌なんだって、良ちゃんに話すの」

「栞は知っているのか」

「そこまで細かく話していないけど、足を怪我していたとき、
多田さんがお店に来ていたから、これをチャンスに別れてしまった方がいいって、
それは言ったの」


朱音は、結果的に別れられたのだからと、カップに口をつける。


「それでもさ……大人の男性だものね。まさか、新堂さんにベラベラ……」

「いや……それを聞いたら、大丈夫だとは言えない気がするな」

「良ちゃん」

「考えてみたら、栞と新堂さんが話しているところに、
わざわざ上司だと挨拶をしに来たのだろう。だとすると……」


良牙は布巾を台の上に置く。


「でもさ、新堂さんってとってもいい人なんだよ。栞が足を怪我したときも、
自転車で送ってくれたし。ほら、ラジコン飛行機だって、くれたりしたし。
栞のことさぁ……」


黙ったままの良牙を見ていた朱音の言葉が、そこで止まる。


「栞……どうしたらいいのかな、良ちゃん」


良牙は何も言わないまま、お店の壁に寄りかかった。





その日の仕事をなんとか終えて、栞は簡単に着替えをした。

荷物をまとめると店のカギを閉める。

花たちを保存するケースの電気だけが、暗い場所の中にぼんやりと見えた。

自転車置き場に向かい、荷物をカゴに入れる。

昨日と今日の2日間は、1時間が長く感じ、闇はどこまでも闇で、

光りなど届かないような気がしてくる。

栞は自転車をこぎ出し、横断歩道を渡っていく。

始めこそ、ペダルに乗せた足が重く、鉛のような気がしていたが、

その動きはだんだんと滑らかになっていった。





栞が部屋に着くと、いるはずのない朱音が、食事の支度を始めていた。


「朱音、お店は?」

「今日はお休みをもらったの。もう、3月で辞める話もしたから、
残りはのんびりとさせてもらうつもり」


栞は上着を脱ぎ、朱音の顔を見る。


「そう、栞にまだ話をしていなかったよね。私、お店辞めて、
保育士を目指そうと思っているの」

「保育士?」

「うん……みんなのおかげで、やっとお母さんの生活も安定しそうだし、
だから、自分のことを考えようかなと思って」

「そうだったんだ」


栞はそれはよかったねと頷き、上着をハンガーにかけた。

朱音は栞の顔を見た後、食器戸棚からそれぞれの茶碗やお椀を出していく。


「良ちゃんもさ、喜んでくれたよ」

「……良ちゃんに会ったの?」

「うん……心配させているからさ、報告しておかないと後から怒鳴られそうでしょう」


朱音の言葉に、栞も小さく頷き返す。


「……ごめん、本当はさ、私一人の考えだと、どうまとめていいのかわからなくて……」


朱音は、栞のことも話してしまったと、頭を下げる。


「多田さんが新堂さんの上司だって事、良ちゃんも驚いていた。
栞が自分が悪いって後悔して、どうしたらいいのか迷っているって話もしたの。
ごめん、でもさ、私……」


朱音の言葉に、栞は首を軽く振り、食卓にそれぞれの箸を並べる。


「謝ることじゃないし、朱音は悪くないよ。心配させてごめんね」

「栞……」

「でも、私、気持ちは決めたから」


栞は、今日恵利から聞いた話を、朱音にそのまま語った。

多田という男性が、自分以外にも声をかけている女性がいて、

その人との日々を、手帳に残すクセがあったこと。

その手帳の存在を、すでに陽人が知っていること、

聞いたときはショックで頭が真っ白になったが、今は割り切れたと言い、

淡々と話し続ける。


「ごまかしなどするな、お前が自分の責任を取りなさいと、
神様が言っているんだと、そう思ったの」

「栞……」

「奥さんもお子さんもいる人だってわかっていたのに、
会うことに決めたのは自分自身だから。だから、ちゃんと背負わないと」


栞は、リビングの棚の上に置いたラジコン飛行機を手に取る。


「それじゃ、新堂さんとは?」


朱音の言葉に、栞は黙ったまま首を振る。


「お付き合いを続けようと思うほど、ずうずうしくないよ、私」


栞はそういうと左手で翼に触れた。陽人が直してくれた箇所に触れると、

自転車で送ってもらった日のことなどが、蘇ってくる。

あの足の怪我が、栞の気持ちの流れを変えてくれたことは間違いない。


「新堂さんには、ただ申し訳ないなと思うだけ」


栞は、明日、新堂さんと会う約束をしてきたと、朱音を心配させないように、

精一杯、気持ちを前に押し出した。


【23-4】



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