23 真実の恋 【23-4】


【23-4】


その次の日、朝早く起きた朱音が見上げた空は、

今にも雪が降り出しそうなグレーだった。そばにあった時計を見ると、

6時半になっている。部屋を出ると、先に起きた栞がパンを焼いているところだった。


「おはよう、朱音。早いね」

「うん、今日、検診に行く日なの。一人で行けるって言われたけれど、
まだ、どうしても信用できないし」

「お母さん?」

「うん……」


朱音の心配をよそに、栞はいつもと変わらないペースで身支度を進める。

本当に陽人に全てを語る気持ちなのだろうかと思うと、少し待ってと言いたくなるが、

待たせたとしてもどうにもならないことは、朱音にもよくわかっていた。


「朱音にも、焼こうか? パン」

「ううん、いい」

「そう?」


朱音は、昨日まであった場所に、ラジコン飛行機がなくなっていることに気がついた。

廊下の隅に白い箱があり、その中に入っているのではないかと見てしまう。


「ごめんね、朱音も新堂さんにラジコン飛行機、習ってみたいって言っていたのに」


栞は、朱音の視線が箱に向かったことに気付き、そう言った。


「エ……いいよ、そんなこと」


朱音は、栞に気持ちを読まれてしまうと思い、リモコンを手に取ると、

テレビのスイッチを入れた。食事をする栞に背を向け、いくつかチャンネルを変える。


「朱音、お母さん、なんともないといいね」

「……うん」


今まで、何があっても、本音で語り合ってきた栞と朱音は、

あまりにもぎこちない時を、緊張したまま過ごしていく。


「じゃ、行くね」


栞は廊下の横に置いた箱を持つ。


「栞……」

「何?」


朱音は、思わず声をかけてしまったが、そこからどうつなげればいいのかわからず、

黙ってしまう。


「大丈夫……無くしてしまうことには、もう慣れたから……」


栞は、朱音の顔を見ることなく、パタンと扉を閉める小さな音をさせ、

そのまま部屋を出て行った。





栞のことを気にかけながらも、朱音はどうすることも出来ず、雪美を迎えに行った。

カーテンを開けたり、掃除機を持ち出したりして、何気なく部屋の様子を見る。

以前は、酒瓶などが転がっている荒れた部屋だったが、

公営住宅に引越し、今のところ乱れている様子はない。


「何だよ、キョロキョロと」

「キョキョロなんてしていません。前の部屋と違うから、見ているだけよ」


朱音は、落ちていたダイレクトメールを拾い、クシャクシャにするとゴミ箱に入れる。


「そうそう、役所の徳本さんがさ、ヘルパーさんとやらを、寄こしてくれるし、
あと、桐山先生がしつこいんだよ、電話かけてきて」

「……桐山先生が?」

「あぁ、そうだよ。高松さんを裏切らないでくださいねって、
まぁ、しつこい、しつこい。男のクセにさぁ」


朱音は、雄太が今も『旭が丘総合病院』にいるのだと思い、少しだけほっとする。


「ほら、準備して」


朱音は、テーブルの上にあった食器を片付けると、

タクシーが来るからと部屋の外に出た。

退院の日は、顔を見ることが出来なかったが、今日、『旭が丘総合病院』に行けば、

雄太に会わなければならないこともわかっている。

会いたくない反面、どこかで会いたいという気持ちも捨てきれず、

朱音は、寒空の下に立ち続けた。





病院につくと、雪美は待合室のソファーに座った。

朱音は、診察券を受付に通す。予約時間を入力し、カードを入れると、

小さな紙が機械からゆっくり出てきた。



『循環器科 奥村医師』



出てきた名前は、雄太ではなく奥村だった。

栞は紙を持ち、雪美の隣に座る。

奥村は、栞の恋人、陽人を担当している先輩医師なのだから、

診察を受けることになっても、何も心配はない。

そう思うのに、感じたのは安堵より寂しさになる。

しばらく待ち続け、『高松さん』と呼ばれたため、栞は雪美と一緒に診察室へ入った。


「どうぞ」

「あら……桐山先生じゃないんですか」

「お母さん」

「はい、すみません、桐山は今日、休みでして」

「あらまぁ」


雪美は、雄太が退院後も何度も電話を寄こしてうるさいので、

今日は直接文句を言うつもりだったと、そう言い始める。


「お母さん、失礼だって」

「いえいえ、高松さんのお気持ちですからね、ちゃんと桐山には伝えますよ。
ただ、あいつは結構頑固なので、自分が決めたことは簡単に諦めない男なんです。
なので、かけない保証はしません」


奥村は、そういうと、雪美に状態を聞きだしていく。


「桐山先生、体調を崩されたとか……」


朱音は、つい、そう聞いてしまった。

奥村は、雪美の触診をした後、聴診器を外す。


「いえ、体調不良ではありません。実家に戻らないとならないことがあるらしくて。
2、3日休みを取りました。ですのでご心配なく」

「……はい」


朱音は、『実家』という言葉を聞き、雄太が兄の話どおり、縁談の話を受けたのかと、

そう思った。雪美の入院騒ぎ以来、もう関わらないでくれと言っても、

雄太はしつこく連絡を取ってきたが、告白を断ってからは、雪美には連絡をするものの、

朱音の方には何も返って来ない。


「お酒、やめてますか」

「……ちょっぴりだけです」

「ちょっぴりもダメですよ、高松さん」


奥村は、今は安定しているけれど、アルコールは刺激が強いのでと雪美に念押しする。


「それじゃ、次は1ヶ月後の予約でいいですか」

「……はい」


朱音は奥村に頭を下げると、雪美と一緒に診察室を出た。

雪美は、病院は来るのが面倒だと言いながら、また椅子に座る。

朱音は、一度診察室を振り返った。

当たり前だけれど、医師の名前は『奥村敦彦』になっていて、『桐山雄太』ではない。

朱音は、そのまま診察券を受け取り、雪美の隣に座った。


【23-5】



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