23 真実の恋 【23-5】


【23-5】


仙台は、仕事をしながら、前に座る陽人を見た。

特に何かがおかしいというわけではないが、口数は少なく、仕事中に笑みもない。


「新堂」

「はい」

「納品の書類、出来てるのか」

「……はい」


いつもなら、そこで何かしら別の話題がついてくるのに、その日は何もなく、

陽人の視線は、また下を向いた。


「タバコ、吸ってくるわ」


仙台は重苦しい空気に耐えられず席を立った。





その日の仕事を、ほぼ定時に終えて、陽人は待ち合わせをした駅に向かった。

栞と会えると思うと、いつもなら気持ちが前を向き、

何を話そうかと考えてばかりいるのに、何かに追われているような不安な気持ちだけが、

どんどん膨らんでしまう。

グレーの空は、夕方から霙のようなものを降らせ始めたが、

仕事帰りの人たちが駅に向かう時間になり、その粒は雪に変わり出す。

傘を広げ改札前に立っていると、5分後に栞が現れた。

陽人の視線は、すぐに紙袋に向かう。


「すみません、待たせてしまって」

「いえ」


先日、多田が姿を見せたときとは違い、栞の表情はどこかさっぱりして見えた。

二人で天気が不安だと話していると、決めていた店に入る。

店員がすぐに席に案内しようとしたが、栞は、あえて一番奥の席を指差した。

二人で向かい合い、そこに座ると、互いにメニューを開く。

陽人は視線を少し上に向けた。





「さすがに、雪が降り始めたから、お客様も来ないわね」

「そうよね」


『シャイニング』では、飲みに来ていた客も雪が降り出したことを知り、

電車が動かなくなると困ると、早々に引き上げる人が多かった。

ホステスたちは、流行のネイルサロンの予約が取りにくくなった話や、

住んでいるマンションの大家さんが口うるさいなど、世間話をし始める。

朱音も降り始めた空を窓から見つめ、ただ時間を重ねていた。


「いらっしゃいませ」


久しぶりにボーイの声がかかり、視線が一斉に動くと、

そこに立っていたのは、雄太だった。

会えると思っていた病院では会えなかったのに、思いがけず姿を見てしまい、

朱音は、顔をそらす。

しかし、朱音の姿に気付いた雄太の足は、まっすぐ向かってきた。


「高松さん」

「本名で呼ばないでください。ここでは……」

「本名で呼ばせていただかないとならない話です。
今、お仕事中だということはわかっていますので、待っています」

「桐山先生」

「時間のことならご心配なく。今日は休みを取っていますし、
明日は、遅番ですから」


そういうと、雄太はボーイに頭を下げて、店を出て行ってしまう。

朱音は、すぐに扉を開け、雄太の腕を掴まえた。


「待っているだなんて、辞めてください。雪が降り始めています。
私には何も話すことも、聞く事もありませんし」

「あなたになくても、僕にはあります」


雄太はそういうと朱音の手を振り払う。

朱音の脳裏に、雄太の兄から聞いた、『縁談話』のことが浮かび上がった。

自分には、雄太を思うことなど許されないとわかっていても、

その事実を受け入れることも、また辛いことだと思えてしまう。


「聞きません……聞きたくないですから、聞きません」

「聞いてもらえるまで、待ちます」

「聞かないって、言っているでしょう」


雄太は、朱音の訴えを無視したまま、階段を下りてしまう。


「桐山先生……」


朱音は、そのまま追うことが出来ず、また店内に戻ったが、

気持ちは雄太の方に向いてしまい、落ち着かなくなる。

雪が降り始めた場所で、待っているという姿が想像できるだけに、

体を半分ちぎりたい衝動に、かられてしまう。

朱音は立ち上がり、ママのところに向かった。


「ママ、すみません」

「また、あの先生いらしたでしょ、今」

「……はい」

「いいわよ、今日はこんな天気だし、お客様が増えるようなことはないから。
待っていられても困るし、話をしていらっしゃい」

「はい」


朱音はすみませんと頭を下げ、すぐに更衣室へ戻った。

商売用の化粧を落とし、服装もいつもの形に戻していく。

雄太が店の扉を叩いて30分後、朱音はタイムカードを押し店の外に出た。

階段を下りていくと、うっすらと道路に雪が積もりだしていて、

雄太は、少しだけ出ている屋根の下に隠れるように立っていた。


「何をしているんですか、終電なくなったら、困るでしょう」


朱音の声に、雄太は振り向いた。

朱音は、そのまま階段を下りる。


「話をするところは、ありますか」

「喫茶店がありますから」


雄太は、朱音の後に続く。

『シャイニング』があるビルの、

真向かいにある小さな喫茶店に、二人は揃って入った。


【24-1】



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