24 あなたを慕う 【24-1】

24 あなたを慕う


【24-1】


陽人の目の前に座った栞は、いつもと変わらない笑顔で、仕事の話をした。

陽人は、栞が食事もきちんと進めていくのを見ていると、

自分が思っているよりも、あまり深い話にならないのかと、そう思い始める。

しかし、食後のコーヒーを出されたあたりから、栞の口は急に重くなり、

しばらく無言の時間が続いた。


「新堂さん……」


栞の決意を持った話しは、ここからスタートを切った。





同じ頃、朱音と雄太が入ったジャズの流れる店内は、

間接照明のため、どこか薄暗い感じがした。

朱音にとって見ると、相手の表情も自分の表情もどこかぼやけたくらいになり、

ちょうどよいと思えてしまう。揃ってブレンドを注文し、また静かな時間が流れた。


「兄が、失礼なことを言ったそうですね。本当にすみませんでした」

「いえ……」


朱音は、首を振った。言われたときには確かに腹が立ったが、

よくよく考えてみると、納得できることもあった。


「あれから、実家に戻りました。今日、お母さんの検診日もあったのに、
診察できなくて、すみませんでした」

「そんなことは気にしないでください。奥村先生に、きちんと診ていただきましたし」

「そうですか……」


雄太が実家に戻った理由。

朱音は、それをここで知ることになるのだろうかと、乱れそうになる呼吸を整える。


「実家に戻って、親とも兄とも話をしてきました。
いただいた縁談は、確かにいい条件だと思いますし、お相手のお嬢さんも、
しっかりとした女性で、僕にはもったいないほどの人です」


勤務医ではなく、院長として田舎に戻る。

朱音は、雄太がその選択をするのは当たり前だと、そう自分自身に言い続ける。


「でも、僕は嫌だと、断ってきました」


雄太は置いてあったお冷に口をつけた。


「断った?」

「はい。僕は、これからも『旭が丘総合病院』で先輩方と技術を磨いていきたいですし、
医療の進歩にも、貢献していきたいです。それに……」


雄太の目は、まっすぐに朱音を見る。


「そばにいてほしいと思う人は、自分で選びたいので」


朱音は、その言葉に思わず雄太の顔を見るが、すぐにあわせた視線を外した。

朱音のコーヒーも、雄太のコーヒーもどちらも運ばれた状態のまま、

重苦しい空気の中に、ふわりと湯気をあげる。


「だから僕は今日、ここに来ました」


雄太はそういうと、一度大きく息を吐いた。





栞は、陽人に対し、先日はきちんと話せずに申し訳なかったと頭を下げた。

陽人は、そんなことは気にしないでくださいと、

いつものように優しい言葉をかけていく。


「電話でお話したとおり、多田さんと、お店で知り合ったいうのは事実です。
でも、新堂さんに話さないとならないことは、それだけではありません」


栞は、そういうと、今までのことを全て陽人に語り始めた。

朱音の働いている店、『シャイニング』でヘルプに入り、多田と出会ったこと。

多田がどこかの企業に勤めていることは、話の中で知ったが、

いつも若い部下や、自分の子供たちとうまくコミュニケーションが取れないと、

悩みを語っていたこと。栞は、自分がその年齢に近いので、

自然と話を聞いていたことなど、出来事を隠さず順番どおりに並べた。

陽人は、栞の話に、しっかりと耳を傾ける。


「以前、お話したとおり、私には両親がいません。本当に親との思い出もないのです。
だから、多田さんの話を聞いているうちに、
私自身の悩みも、聞いてもらうことになっていて」


栞は、一緒に住む朱音や、

兄のように慕う『ライムライト』の店長、良牙とも違う多田との関係に、

自然と心地よさを感じてしまったと、そう言った。


「もし私に、お父さんと呼べる人がいたら、こんなふうに話を聞いてくれるのだろうかと、
多田さんに会うと、いつもそう思っていました」


そのうち、店で会うことが出来なくなり、個人的に会おうかどうか迷ったとき、

栞は、人生で初めて味わうような、時間を失うことが怖くなったとそう説明する。

年の近い人ではなく、父のように頼りに出来る人という思いが、

忘れてはいけないことを、忘れさせてしまったと、唇をかみ締めた。


「多田さんには、奥さんもお子さんもいることはわかっていました。
自分をそれ以上の存在にしてほしいと、願ったわけではありません。ただ……」


直接的な表現は避けたものの、

陽人には、それがどういう関係を示すのかわかっていた。

栞は、父のように大きな存在として、多田を見ていたことになる。


「朱音にも、良ちゃんにも間違っていると怒られて。
自分でも今していることが正しいのか、わからなくなってしまって……
その時、新堂さんのくれた飛行機のことを思い出したんです。
ラジコン飛行機の会に参加する前、『忘れたいことがある』って言った私の動機を、
それでも構わないと、そう言ってくれて」


栞が飛行機を飛ばそうとした理由を、陽人はこの場で初めて知ることになった。

栞は、その後怪我をしたこと、その中で気持ちの整理をつけられたことも話す。


「新堂さんと出会った頃は、いつも不思議な人だと思っていたけれど、
いつの間にか、あなたが私の生活の中にいることが、
とても自然で、当たり前に思えてきて、毎日がとても楽しくなっていることに、
気付いたんです」


陽人はそこまで懸命に語った栞の顔を見ると、わかりましたという意味を込めて、

大きく頷いた。


「『爽快感』……新堂さん、そう言ってましたよね。最初は何を言っているのかと、
本当に不思議だったのに、でも、上手に飛んでくれた時は、本当に、満足できて、
楽しいと思えて……そう、『爽快感』がありました」


栞は、陽人の表情を確認し、箱をテーブルの上に置く。


「短い間でしたけれど、ありがとうございました。これ、お返しします」


中身を見なくても、陽人にはこれがあの飛行機だということはよくわかった。

このまま流れていく時間を、どうにか止めようと考えてみるが、

陽人には、どうストップをかけたらいいのか、そのヒントが見つからない。


「多田さんが、普段、どんな生活をしているのか、私にはわかりません。
新堂さんが感じている思いと、違うこともわかっています。
まさか、多田さんが新堂さんに関係のある方だとは知りませんでしたし、
正直、どうしたらいいのだろうと、悩みました」


栞にとっても晴天の霹靂だったことは、

あの日、店で会った時の表情を思い返せばすぐにわかった。

陽人に見せた、あの日の栞の表情は、今まで見たことがないほど、辛そうだったからだ。


「多田さんにとって、私など何分の1の存在だったのでしょうけれど、
私にとっては、それも消し去れない時間です。
ただ、新堂さんに不快な思いをさせてしまったことだけが、申し訳なくて……」


栞はそういうと、これ以上下げられないくらい、頭を下にした。


【24-2】



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