24 あなたを慕う 【24-2】


【24-2】


降り始めた雪は、少しずつ結晶を大きくし、地面に重なっていく。

誰も歩かない駐車場の奥には、しっかりと雪が積もりだした。

駅に向かう人たちは、少しでも濡れていない場所を歩こうと、道路に出てしまい、

走る車からクラクションを鳴らされる。

栞が陽人に頭を下げたとき、別の場所にいる朱音と雄太も、

進まないコーヒーを置いたまま、向かい合っていた。

家族の薦める『見合い』を断ったと雄太に宣言されたが、朱音は何も言えなかった。


「小さい頃から、勉強は嫌いではありませんでした。
勉強をすると親も喜んでくれるし、自分も色々と知ることが楽しかったので、
気付くと医者を目指していて。だからといって、流されたというわけではありません。
医学を学ぶ中で、自分なりの目標とか、夢とか、築いてきましたから」


雄太は、経験豊富な先輩方と話す事は、とても楽しいのだと語る。


「でも、『どうしても』とか、『なんとしても』という感情を、
今まで自分自身に得た記憶がありませんでした。やりたいことがあれば、
やれる環境にいたからなのだと思います」


自分は恵まれていたと、雄太はそう言った。

朱音は黙ったまま、聞き続ける。


「高松さん、あなたに会って、僕なりに色々と考えました。
苦しい中にいても、芯をしっかりと持つあなたの生き方とか、頑張りに、
自然と僕自身が強くなっていて。お母さんに跳ね返されても、
あなたに跳ね返されても、絶対に諦めないという思いが、芽生えるようになって……」


病院を嫌って姿をくらます雪美と、それに振り回されることを嫌い、

雄太を払おうとした朱音。


「僕は、あなたと出会って、強くなった気がします」


雄太はそういうと、胸を張り、笑顔を見せる。


「だから、振られても懲りることなく、あなたが好きだと……言い続けます。
高松さんが僕を嫌いだと言うのなら、好きになってもらえるように、
あなたに頼ってもらえるように、頑張ります」

「……あの」

「あなたが、この人なら涙を見せても平気だと思ってもらえるように、
もっと強くなろうとそう……」

「少し待ってください。間違っています」


朱音は、雄太の言葉を遮るようにそう言った。

雄太は何が間違っているのかと、問いかける。


「間違っているから、間違っているんです、それ以上のことはありません」


朱音は、そういうと一度大きく息を吐いた。





陽人は、栞の告白を聞き終え、初めてコーヒーに口をつけた。

すでに温度が奪われているものだったが、喉を潤さないと、

言葉一つも出て行かないほど、緊張していた。

栞が頭を下げてから、数十秒は経っただろうか。何かをしていないと、

この時間が終わってしまうことになるという焦りも出てしまう。


「会津さん、頭をあげてください」


陽人は下を向いたままの栞にそう言った。

しかし、栞の顔は下を向いたままで、なかなか戻らない。


「多田部長のことを、僕は全て知っているとは思いません。
関わりを持っているのは、仕事の面だけなので。
おそらく知らない顔もあるのだと思います。
でも……あなたのそのまっすぐな思いに、あの人がつりあっていた人間だとは、
とても思えません」


陽人は、多田がいつも営業部員に対して横柄な態度を取り、

気に入らないことがあると、部下に無理難題を押し付け、

自分は涼しい顔をしていたと、そう言った。


「多田部長は結局、あなたのまっすぐな思いを、弄んだのでしょう。
だから、わざわざ僕と一緒にいるときに顔を出して、声をかけた。違いますか」


栞は黙ったまま、返事をすることはなかった。

陽人は、こうしてスタートを切ろうとした関係に、

何食わぬ顔をして邪魔を入れてきた多田のことを思い出し、両手を握り締める。


「僕は……あなたに謝罪をしてもらおうだなんて、少しも思っていません。
ただ……」


陽人の知っている栞は、いつもしっかりと前を向いていた。

しっかりと自分の意見を持ち、境遇に負けずに働いていた。


「こういう話しになることも、ほぼわかっていました。だからこそ、
どうにかできないかと考えていたのに、結局、何も浮かばなくて。
今、苦しむあなたに対して、目の前にいる自分が何もしてあげられないことが……
それが悔しいだけです」


陽人はそういうと、残っていたコーヒーを一気に飲み干していく。


「ごめんなさい……」


栞は、ただこの言葉だけを、陽人に繰り返した。





朱音の言葉に、雄太は少し不満そうに口を結んだ。

思いを堂々と告げたのに、間違っていると言われたことが理解できずに、

そこで初めてコーヒーに口をつける。


「桐山先生。あなたは優秀な医者です。それは私自身がしっかり見てきたことなので、
間違いありません。今でも十分強い方です。でも……間違っています」

「高松さん」

「私は、このままです……」


朱音はその場で両手を軽く広げた。

雄太はカップを置き、朱音をじっと見る。


「このまま……とは」

「私は、『愛風園』という児童擁護施設を出ました。親はご存知の通り、自分に甘く、
いつまでたっても、自立が出来ていません。私自身は勉強も得意とは言えなかったので、
お金を稼ごうと思ったら、今の仕事しか浮かびませんでした。きちんとした作法も、
常識も、何も知りません。ただ、毎日を一生懸命に生きて行くことしか……」

「それでいいじゃないですか」


雄太は、それでいいのだと、繰り返した。


「誰に迷惑をかけるわけでもなく、あなたは一生懸命毎日を送って来た。
放り出したいくらいの親の面倒も、頑張って見続けてきた。それで十分ですよ。
それのどこがいけないんですか。これからやっと自分のために生きていけるのだから、
僕はそれを応援したいんです」

「先生……」

「恩着せがましく言うつもりはありません。ただ、先に道を見つけた僕が、
あなたが一歩ずつ進む姿を、そばで応援したいんです」


雄太は、そういうと小さなリボンのかかった袋を取り出した。

それを朱音に差し出す。


「これ」

「開けてみてください。実家に戻る途中で見つけました。レースの刺繍だそうです」


袋の中に入っていたのは、1枚のハンカチだった。

そこには『ガーベラ』の刺繍が入っている。


「花言葉っていうのが書いてありました。『希望』という意味があって。
それを見て、これを」


雄太は、30分以上も悩んだのに、こんなものしか買えなかったと照れ笑いをする。


「あなたの涙も、頑張った汗も、これなら拭いてあげられる……」


朱音は、ハンカチを手に取った。

柔らかい刺繍の糸が、何度も何度も繰り返し布を通っているのがわかる。


「高松さん。間違っていようが、なんだろうが、僕は、あなたが好きです。
あなたが僕を好きではないと言っても、僕はあなたが好きですから。
これはウソを言っているわけでも、冗談でもありません」


何かを言わなければと思っても、朱音の口は動かなかった。

黙ったまま、ただ下を向き続ける。


「それでも、どうしても僕が嫌だと言うのなら、高松さんが好きだと思う人と、
『幸せ』になるのを見届けさせてください」

「……しいです」

「エ……」

「桐山先生、おかしいです」

「おかしい? 今度はおかしいですか」

「おかしいです。こんなの絶対に……」


朱音は、精一杯声を絞り出し、そこからは何も言えなくなった。


【24-3】



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