24 あなたを慕う 【24-3】


【24-3】


自分の辛さも、寂しさも、わかってくれる人がいると思うと、

目からは涙だけがあふれ続ける。


栞が昔から、良牙を好きだったことは知っていた。

二人にとって同じように兄だと思っていても、全く親の影がない栞のことを、

良牙も常に心配していた。

栞、朱音と呼ばれても、最後はいつも栞に戻る。

だからこそ、朱音は、自分に出来ることは自分でと、ずっと覚悟を決めてきた。

自立できない母親の面倒も、自分の生活を縛り付けて、なんとか助け続けてきた。

もう、限界だと涙を流せたのは、きっと、目の前の人が『優しい目』を持つ人だと、

わかっていたからだと、そう思える。


「よかった……買ってきたのがハンカチで」


雄太はハンカチを使ってくださいと言ったが、朱音はそれをテーブルに置き、

バッグから自分のハンカチを取り出し、目を押さえる。


「あの……」

「まだ、お店の化粧が残っているとハンカチが汚れるので、嫌です。
ここでは使いません」

「あ……」

「今は……使いません」


雄太は目の前で泣いている朱音を、優しいまなざしで見続けた。





陽人の前には、結局栞が口をつけなかったカップが残された。

多田との過去を知り、謝罪をする栞に対して、それは必要ないと言えたものの、

それ以上、彼女を救う言葉が自分の口から出て行かなかった。

正直、手帳の存在を知り、その相手の中に栞がいたことがわかってから、

多田の顔を見るだけで、怒りの感情がわきあがってしまうため、

なるべく顔をあわせないでいられるように、外回りの時間を意図的に増やした。

紙袋に入った箱を取り出し、陽人は中にあるラジコン飛行機を確認する。

『エメラルドグリーン』の機体には、飛行会で栞がつけてしまった傷が、

まだ残っている。

陽人は、何度も何度も頭を下げ、この場を去ってしまった栞のことを思い出し、

箱の蓋を閉めた。



店を出た栞は、駅に向かって歩き、改札を通った。

雪の勢いは少し弱まってきたものの、まだ形のわかる状態で、上から落ちてくる。

マフラーをして、温かい上着を羽織ってきたはずなのに、ホームに立つと、

震えが止まらなかった。幼い頃、母親に捨てられた時から、

失うことは慣れてきたはずなのに、陽人がそばにいないという現実を思うだけで、

もう一生、光りと熱が戻ってこないのではないかと思えるくらい、心も体も寒くなる。

期待をしてはいけないと思っていても、

心のどこかで、陽人が全てを受け止めてくれるのではないかと、

いつの間にか考えていたことは否定できない。

栞は両手を体に密着させ、なんとか気持ちと温度を保とうとする。

電車は、予定の時刻より2分遅れてホームに入り、

栞は堅くなりそうな体を、なんとか車内に押し込んだ。





その日、先に部屋へ戻ったのは朱音だった。

雄太と一緒にタクシーに乗り、途中で降ろしてもらった。

見上げた部屋に灯りはなく、朱音は栞が戻ってくるだろうかと、少しだけ心配になる。


「どうしたの?」

「ううん……大丈夫」

「うん」


雄太はそのままタクシーを走らせ、後部座席から軽く手を振ってくれた。

朱音も手を振り、その思いに応えると、雪が少し積もった階段を3階まであがる。



『どんなにまわりに反対されても、僕は平気です。
互いにもう少しだけ、強くなりましょう』



雄太は、初めて会った頃より、確かに強くなっていた。

先輩の奥村が言ったように、頑固で意見を曲げないところも当たっている。

外の空気は凍りつきそうなくらい冷たかったが、朱音の気持ちは温かかった。

しかし、それも扉の前で区切りをつける。

普段なら、部屋で待っている栞に、何もかもを語り、

一緒に喜んでもらいたかったが、今日、栞がどうしているのかわかっているだけに、

とてもそんな気持ちにはなれず、なんとか冷たい部屋をあたため、

迎えてあげようとエアコンのスイッチを入れ、急いでお風呂を洗う。



『朱音……』



妻子ある人を好きになった栞の行動は、確かに褒められたものではないが、

それでも、抱えさせられた悲しみの大きさに、朱音は浴槽をこすりながら、

自然と目が潤んだ。





栞が部屋に戻ってきたのは、朱音が戻ってから30分後だった。


「あれ? お店は?」

「うん、今日は早く終わりにしてもらったの。この天気でしょ、お客様来ないし」

「あ、そうなんだ」


栞の表情は、それほど重苦しくなかったが、

朱音はどうだったのかとなかなか聞きだせず、ただ、お茶を入れる。


「あぁ……部屋があったかくなっているのは、嬉しいね」

「だよね、外、寒かったし」

「うん……」


栞は、小さなバッグしか持って帰ってこなかった。

朱音は、陽人が飛行機を持って帰ったのだと思ったが、言うことが出来ない。


「栞、お風呂入ったら?」

「いいよ、朱音が入りなよ。せっかく早く帰ってこられたんだし」

「いいって、私は明日、ゆっくり寝ていられるもの。栞は仕事でしょ」

「ううん、私も明日は休んだ」


栞はそういうと、襖を開け自分の部屋に入った。

朱音はお茶を入れたと言えないまま、閉まった襖を見続ける。

あまりにも静かな時間が流れ、呼吸の音さえも、聞き取れてしまいそうな中、

朱音の耳には、何度かしゃくりあげる栞の声が届く。

襖の向こうで、栞が泣いていると思ってみても、

開けて入るのは、余計なお世話である気がしてしまう。

泣きたいのなら、その涙が枯れてしまうまで、泣かせてあげることも、

また友を思う気持ちだろうと、朱音は『ふぅ』と息を吐く。


「栞、それなら私、先に入る」


朱音は、精一杯大きな声を出し、栞にそう告げた。





仙台が陽人の様子を不思議に思ったように、恵利も栞に言葉を投げつけてから、

とにかく落ち着かない時間が続いた。飾ってあった飛行機を箱にしまい、

押入れの一番奥に押し込んだ。

綺麗に整えられた機体が、栞と陽人、

二人の間をさらにこじらせようとした自分を、じっと見ている気がしてしまい、

耐え切れなかった。

恵利は、部屋を出ると鏡の前に立つ。

自分は正しいことをしたのだから正々堂々としていようと、両手で鏡を叩いた。


【24-4】



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