24 あなたを慕う 【24-4】


【24-4】


2月の雪は、積もるものなのかと思ったが、次の日は思ったよりも晴天になった。

道路を白くした雪は、太陽の熱に負け、だんだんと水になっていく。

休みを取った栞と、遅めの朝食を取る朱音は、テーブルに向かい合う。


「昨日はごめんね、気をつかわせて」

「ううん」


栞は、昨日陽人に会って、全てを語ってきたとそう話した。

陽人は黙ったまま最後まで話を聞き、謝罪など必要ないと言ってくれたと話す。


「それで」

「うん……お付き合いは出来ないって、私の方から話をした。
飛行機を返して、申し訳ないと頭を下げて、それで帰ってきた」

「新堂さんは何か言わなかったの?」


朱音は、陽人がその過去を、一緒に乗り越えようとしなかったのかと思い、そう訪ねた。


「黙って話を聞いてくれた。私が苦しそうなのに、何も出来なくてって、
新堂さんの方が、申し訳なさそうにしてしまって……」

「何も出来ないって」

「出来ないでしょう。多田さんは新堂さんにとって、上司だもの。
もう会いませんというだけの関係とは、違うから」


栞は、これでよかったのだとそう言いきった。

精一杯明るく振舞う栞に、朱音は、どこか納得できない気がしてしまう。


「もう少し、男気のある人かと思ったのにな、新堂さん」

「朱音……」

「過去のことなんてどうでもいいからって、言ってくれると、
正直、信じていたのに」


朱音は、パンにバターを塗りながら、そうつぶやいた。


「栞は知らなかったんだもの。誰だって、過去くらいあるよ」


朱音は、皿の上にパンを戻し、スープのコップを横に置く。


「違うよ……」


その声に、朱音は栞を見る。


「私は、新堂さんは、思っていた通り、真面目で優しい人だなってそう思ったよ」

「栞……」

「ウソをつけない人なのよ。ひとつずつ、きちんと考えてくれる人だから、
その場の勢いで、大丈夫ですだなんて言えないの。だから……」


栞は、陽人と出会ってからの日々を、思い返した。

花束を作る姿を褒めてもらったこと、差し出したおにぎりを何度も拒み、

それでも最後はありがたく受け取ったこと。

栞の店のPOPから、営業のヒントを得たことを、わざわざ謝罪しに来たこと。

どんなときも、陽人の表情はいつも真剣で、そして明るかった。


「そんな人だから、好きになれたのだと思う」

「栞……」


栞の言葉に、朱音は雄太とのことを話す事が出来ないまま、朝食を終えた。





「冷たい……」

「大丈夫? 手袋、あるけど」

「平気ですよ、これくらい慣れないと」

「うん」


次の日、栞は店に出て、華と開店準備をした。

店先を掃き、花たちをそれぞれの場所に納めていく。

スーパーの開店時間になると、自転車を止めた女性客たちが、

数名小さな鉢植えを見始める。


「いらっしゃいませ」


横断歩道の先に、スーツ姿の男性が見えた。

陽人ではないと思うのに、何度も確認してしまう。



『会津さん……』



あの声を聞くことはもうないだろうと思うのに、頭はまだ割り切れず、

つい、姿を探してしまう。栞は、首をグルッと回し、両肩を下ろす。


「これ、3つちょうだい」

「はい、ありがとうございます」


栞は、客の指差した小さな鉢植えを両手に抱え、

持ち帰りようの小さなダンボールを組み立てた。





栞が感じた気配は、全くの思い込みではなかった。

陽人は、店先にいる栞には気づかれないように、そっと様子を見に来ていたのだ。

10分ほどその場に立っていると、自転車に乗った主婦たちが、

何をしているのかと、横目で通り過ぎるようになる。

陽人は、横断歩道が変わったことで、人が移動するのを見ながら、

栞に背を向け、駅に向かうことにした。

陽人にとって、栞が多田と過去に付き合いがあったことは、

喜ばしいことではなかったが、乗り越えられないものでもないと思っていた。

だから、栞から全てを聞いた後、『僕は大丈夫だ』と言い切るつもりもあった。

しかし、栞の表情は硬く、陽人は、自分が簡単に大丈夫だと言い切り、

付き合いを続けたほうが、栞にとっては辛いことになるのではないかとそう考えた。

多田との事など、何も知らない相手を探した方が、以前の栞に戻れる気がして、

引き止めなかったことを正論化しようとしていたが、

自分自身の思いには、何一つ区切りがつけられず、

毎日、ただ流れているように時を過ごしていた。

改札を通り、反対側のホームに行くため階段を目指す。

電車が到着し、人が降りた中に、恵利も入っていた。

目の前を陽人が通り過ぎようとしたので、声をかけようとしたが、

全く気付かない様子で、階段を登り始めてしまう。


「新堂さん……」


恵利は、仕方なく改札に向かった後、

そういえば、陽人がなぜここにいたのか、それを考えた。

この駅には、特別な場所はない。

あるとすれば、『スーパーSAIKOKU 野木平店』くらいしか、思い浮かばない。

栞に会いに行ったのだろうかと、恵利は、ホームに一人で立つ陽人の背中を見つめた。





栞と陽人の別れから、それぞれが思いを抱えたまま、3日が経過した。



『しなくら』営業部。その日も仕事を終え、陽人は自分のデスクに戻ってきた。

多田はすぐに気付き、陽人を前に呼ぶ。


「おい、新堂。お前の担当している『アリアンテ』。あれ、俺に寄こせ」


多田は、『アリアンテ』のシェフリーダーが、思っていたよりも権限を持っていて、

大きな仕事になるかもしれないと、急に言い始める。


「多田部長がというのは、どういう意味ですか」

「どういう意味も、こういう意味もないよ。向こうとの接点は俺にしてくれってことだ。
まぁ、玉田があれこれ策をして、お前が契約書を出すところまで成功したんだ。
ここからしっかりとした取引になる。上司の俺が出て行く事に、問題などないだろう」


多田はそういうと、『アリアンテ』に関する書類を、全て出せと陽人に迫った。

陽人はすぐに返事をせず、その場で立ったままになる。


「なんだよ、その目は。何か文句があるのか」

「文句ではないですが、信頼を勝ち取ったのは、玉田さんと僕です。
部長ではありません。この時期に、いきなり担当を変えろというのは……」

「は? お前、寝ぼけているのか」


多田の口調が荒くなり、PCをしていた仙台が、場の雰囲気を感じ取り顔をあげた。


【24-5】



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