25 信じ合う心 【25-1】

25 信じ合う心


【25-1】


陽人は栞に戻すためのラジコン飛行機を手に持ち、営業部に向かった。

いつもより早い出勤のため、この時間ならまだ多田は席にいないはずで、

その前に昨日言われた『アリアンテ』の書類を全て、デスクに置くつもりだった。


「おはようございます」


営業部には、恵利と数名の営業部員が入っていて、

陽人の挨拶に、それぞれが挨拶を戻した。

陽人は席に向かい、デスクの引き出しを開くと、『アリアンテ』のファイルを取った。


「玉田さん」

「はい」

「これ、これからは多田部長が担当するそうです。すみません、僕が守れずに」


陽人の言葉に、恵利は首を振る。


「それと……事実は曲げられないものですが、
僕は、それを自分で飛び越えようと思います」

「新堂さん……」

「色々なものに囚われて、自分自身が小さくなってしまうのは、
一度しかない人生、とてももったいない気がするので」


恵利は、陽人の言葉の意味を感じ取り、大丈夫なのだろうかと不安になる。


「けっして、意地を張っているわけではありませんから」


陽人はそういうと、多田のデスクに『アリアンテ』のファイルを置いた。





遅れてきた多田は、そのファイルを見た後、それを抱えたまま営業部を出て行った。

陽人は何も言わないまま、PCに向かう。

多田にとって、数人いるうちの『営業部長』から、本部長への足がかりを作る、

いい材料になるはずだった。

『アリアンテ』は業界でも力のあるスタッフやシェフが多く、

この店の材料として『しなくら』製品が取り上げられるのは、

テレビコマーシャルくらいの威力がある。


「よく、昨日の怒りを抑えたな新堂」

「いえ、抑えたわけではありませんよ」

「どういうことだ」


仙台は、そう言った陽人の顔を見る。


「僕は、誰のどんな邪魔にもめげずに、僕の人生を歩もうと決めただけです」


陽人はそういうと、またPC画面に向かい始めた。





栞は、仕事をしながら何度も時計を確認した。

昼間ではまだ数時間もあり、数分しか進んでいない。


「何かあるんですか? 会津さん」

「別に」

「だって、朝からずっと時計を……あ、そっか」


栞と陽人の事情を知らない華は、またランチですかとからかった。

栞は書類を出し、計算機をたたき始める。

華は、あまりからかうと怒られそうだと笑いながら、店の前に鉢植えを運んだ。





午前11時前、陽人はそろそろ準備をして、営業部を出ようと席を立った。

ラジコン飛行機の入った箱を持ち、その中に用意していた袋を乗せる。

今から栞の店に向かえば、12時を回った頃になることはわかっていたので、

そのまま様子を見て、話す時間を取ろうと考えた。

椅子を机の方に押した瞬間、多田が戻ってきた。


「おい、新堂」

「はい」

「お前、『アリアンテ』に余計なことを話していないか」


ご機嫌に営業部を出た多田の機嫌は、明らかに悪くなっていた。

陽人は、一度荷物を机におく。


「いえ、特に何も話しはしていませんが」

「契約書を出してから、何も言ってないのか」

「はい」

「ふーん」


多田は、ファイルをデスクの上に置くと、陽人を見る。

はるか昔、まだ多田が若かった頃、営業成績では劣るくせに、

なぜか同僚や取引先から指名がかかり、

憧れの女子社員と結婚した同期のことが思い出された。

必死さなどどこにもないのに、なぜか色々なものが引き寄せられていき、

多田が欲しかったものは、全て手にしたまま退社した。


「新堂さんが担当しないと、微妙なニュアンスが伝わらないのだと」

「……僕ですか」

「あぁ……まぁ、お上手な営業なのだろうね、君は」


多田は、自分の手柄にしようとした『アリアンテ』が、

陽人自身を指名したことに納得がいかず、またいつものように嫌みをぶつける。


「どこにでもお花を持っていくのかな……うちの新堂君は。
花を嫌いだという人はあまりいないというのが、持論だもんね」


多田は、そういうと陽人の顔をじっと見る。


「おい……新堂」


仙台は、雲行きが怪しいのがわかり、陽人に声をかける。


「ほら、新堂。お前が担当しろ」


多田は、ファイルを持ち上げたが、そのファイルはわざとらしく床に落ちる。


「あぁ、ごめん、ごめん。拾ってくれないか、なんだか力が抜けてさ」


陽人は、湧き上がる怒りを抑え、黙ったまま前に出た。

多田のデスクの横で腰を下ろし、落ちたファイルを拾う。


「新堂にはかなわないなぁ……」


多田は、腰を落とした陽人のそばに顔を近づける。


「お前に、俺が教えてやれることがあるとしたら……そう……
彼女が、頬を赤らめて色っぽい声を出してくれる、責めのポイントくらいかな……」


陽人は、思わず多田の顔を見た。

多田は、陽人の顔をじっと見ながら、笑みを浮かべ、

言えることがあるのなら言ってみろというような顔をする。


「新堂!」


仙台の声があがるのと同時に、陽人の左手はファイルを離し、

多田の胸倉をつかみあげる。仙台が立ち上がり引き剥がそうとする前に、

陽人の右の拳は、多田の顔をとらえた。

一瞬、時が止まった営業部に、女子社員の声が響く。

力いっぱい殴られた多田の体は、一度左にふらつき、そのまま崩れ落ちた。

陽人はさらに多田のところへ向かおうとしたが、それは引き戻される。


「待て!」


仙台は、怪しい気配を感じていたため、他の営業部員たちの驚きとは別に、

すぐ陽人を抑えることが出来た。




陽人が多田を殴れた回数は、結局、1発だけだった。


【25-2】



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