25 信じ合う心 【25-2】


【25-2】


まさか、陽人が殴りかかってくると思っていなかった多田は、

驚きとショックで腰が抜けてしまい、両手をバタバタさせてなんとか離れようとする。

そばで見ていた同僚は数名立ちあがり、

少し遅れて、ひとりは仙台とともに陽人を押さえ、

そして残りの数名は、営業部の扉に向かった。

他の部署に行かれてはまずいと思った恵利が『待って』と声を出すと、

営業部員たちは外に出ることなく、誰も中に入ってこないよう扉の前に立った。



一瞬、静まり返る営業部。

誰も、陽人を責めず、また誰も多田を庇うことはない。


「何をしても、何を言っても、誰もが我慢すると思うな!
相手のことなど考えず、自分の利益に酔い続けている人間に、負けやしない!」


陽人はそういうと仙台に離して欲しいと、そう言った。


「新堂……」

「もう、何もしません。大丈夫です」


仙台は、陽人をつかんだ腕を外す。

陽人が1歩前に出ると、多田は唇を震わせながら、さらに後ずさりした。

陽人は床に置いたファイルを取り、ついただろう埃をはらう。


「新堂、お前……お前、いったい、何をしたのかわかっているんだろうな……
絶対に、許さないぞ、俺は……俺は上司だ。お前より偉いんだぞ、それなのに……」


文句を言いながら多田は立ち上がり、営業部全体を見渡した。

陽人や仙台、恵利を含めて部下と呼べる営業部員は8名いるのに、

誰一人として、多田に声をかけてくるものはいない。

下を向くもの、扉の前に立っているもの、陽人を抑えるもの、

それぞれの意思で行動しているのだろうが、

多田に対して、『大丈夫』なのかという声は、誰からもかからない。

それでも、多田の視線を感じ、扉の前に立っていた営業部員たちは、

このままでもまずいと思い、それぞれが席に戻った。

多田はポケットからハンカチを取り出し、殴られた頬に当てる。


「くそぉ……新堂、ここを動くな! いいか、絶対だぞ!」


多田は、陽人を指差しそういうと、

これは報告しなければならないことだと叫びながら、営業部を出ていった。

営業部内は、また重苦しい空気が漂い始める。


「新堂……」

「仙台さん、すみません。こんなことになって……」


陽人は、黙っているつもりだったのですがと、笑ってみせる。


「何を言われたんだ……」


仙台の問いかけに、陽人は黙ったまま首を振った。

自分のことなら、どんな言葉でも我慢が出来たが、

栞のことを侮辱する態度には、どうしても我慢がならなかった。

しかし、それをここで口にすることは出来ない。


「みなさん、仕事の邪魔をしてしまって、すみませんでした」


陽人はその場で同僚に向かって、深々と頭を下げた。

誰も責めたり怒ることなく、静かな空気だけが流れ続ける。


「新堂さん……上司にこんなことをしたら、どうなるのかわかってます?」


そう声を上げたのは恵利だった。

陽人は恵利の顔を見ると、しっかりと頷き返す。


「すみません、殴るところまでは考えていなかったのですが、成り行き上、
そうなりました。しかし、どんな理由があっても上司を殴るなんていうのは、
あってはいけないことだと思います」

「お前……」

「すみません、仙台さん。仕事のフォローをたくさんしてもらって、
これから恩返しだと思っていたのに、無理かもしれません」


陽人は、覚悟を決めていると笑い、ファイルを手に取り席に戻る。

デスクの上には、持っていこうとしたラジコン飛行機の箱が、乗っていた。

陽人は、その箱に軽く触れる。


「まずいなぁ……電話しないと」


陽人が携帯を取り出したとき、営業部の扉が開き、別の営業部長が顔を出した。

『しなくら』には営業エリアがいくつかあるため、その部ごとに部長が揃っている。


「新堂、新堂はいるか」

「はい」

「話がある、会議室に来い、今すぐだ」

「……はい」


陽人は開きかけた携帯を閉じる。


「どこに連絡するんだ」


仙台は、自分がするから番号を教えろと、そう声をかける。

陽人は携帯で『会津栞』の名前を呼び出した。


「まだ仕事中なので出ないかもしれません。出なかったら留守電でいいです。
今日の昼休み、会いに行くとそう言ってしまったので」

「……『花屋の女神』か」

「はい」


栞の名前が登場したことで、恵利も陽人を見る。


「心配かけないように、何か言っておいてください。
後から、きちんと連絡をします」


陽人は携帯を仙台に手渡すと、すみませんと頭を下げ、呼びに来た部長とともに、

営業部を出て行った。

陽人の気配がだんだんと遠くなり、また営業部に静けさが戻る。


「どうして……どうして新堂さん、あんなこと」


荷物だけが残された陽人のデスクに向かって、恵利はそうつぶやいた。

仙台は、渡された携帯の番号をじっと見る。


「言っただろ、いくら真実だからって、何もかも話せばそれでいいわけじゃないって」


仙台は、不満そうな恵利に向かってそういうと、携帯を持ち外へ出ようとする。


「私が間違っていたと、仙台さんはそういうのですか」


恵利の問いかけに、仙台の足が止まる。


「間違っているのかはわからないよ。でも、お前が正義感を振りかざした結果、
誰も得をしていないことだけは確かだろ」


仙台は時間を確認すると、扉を開けた。





「はい……」


その日、栞は、陽人から連絡があると困ると思い、

仕事のエプロンに携帯を忍ばせていた。相手が陽人だと思い、すぐに受話器を開ける。


『もしもし……すみません、会津さんですか。新堂と一緒に働いている、
仙台と言います』

「はい」


仙台は、陽人が急に仕事先の相手と会うことになってしまい、

約束どおりに出来なくなったと、そう説明した。


『すみません、慌てて会議室に入ったので、
とにかく会津さんに昼は行かれないと伝えてほしいと、そう言われてかけてます』

「はい……あの」

『はい』

「新堂さんは大丈夫でしょうか」


電話すらかけられない状況というのが、栞には想像つかなかったが、

仙台はあえて明るい声を出し、心配ないですよとそう言った。


『落ち着いたらあいつから連絡すると思います。
とにかく貴重な休み時間を無駄にさせたら悪いと思ったのでしょう。それだけですから』

「はい」


栞は、仙台にありがとうございましたと挨拶をし、電話を切る。

壁にかかる時計は、11時半に向かって、進んでいた。


【25-3】



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