25 信じ合う心 【25-3】


【25-3】


陽人は東京北エリアを束ねる営業部長と一緒に、会議室へ向かった。

営業部にはそれぞれ営業部長がいるのだが、

この東京北エリアの部長『北村秀造』が一番年齢が上で、

上層部とのつながりも強いことを知っていた多田が、

あの後すぐに飛び込み、陽人のことをあれこれ告げ口した。


「驚いたぞ、多田部長が左の頬をハンカチで押さえて、殺されるかと思ったと、
慌てていたから」


陽人は、多田らしい言い方だと思いながらも、黙っている。


「どうしてそんなことになったんだ。しかも相手がお前だなんて。
多田部長の話しだと、仕事のアドバイスをしていたら、
突然殴りかかってきたと、そう言っていたけれど、それでいいのか」


『仕事のアドバイス』

そんなものはどこにもなかったが、ここであれこれ話をすれば、

語りたくないことまで語らないとならないと思い、言葉が出ない。


「新堂……」

「すみません」

「何も理由がなく、いきなり殴りかかったのだとしたら、
このままなかったことには出来ないな。上層部に話して、処分を待つことになるけれど、
それでいいのか」


陽人はしっかり前を見て、『はい』と返事をした。





それから数時間、多田は殴られたところが痛むので病院に向かうといい、

会社を出てしまい、陽人はとりあえず勤務時間終了まで社内に残されることになった。

会議室から戻ると、仙台が携帯を戻してくる。


「電話、しておいたぞ」

「すみません」

「心配してそうだった。後で、連絡してあげたほうがいい」

「はい……」

「で、どうなんだ」


仙台は陽人にそう尋ねる。


「わかりません。でも、多田部長曰く、
理由もなく殴りつけたということになっていますから、まぁ、無理でしょう」

「無理って、お前、何も言わなかったのか」

「言わなかったというより、何を言えばいいのかわからなかったんです。
多田部長に対しての感情を、今更ひとつずつ紐解いていかないとならないのなら、
そんなものどうでもいい気がして」

「新堂……」

「仙台さん、負け惜しみではないですよ。今、僕はスッキリしています。
多田部長の考えを飛び越えてやりましたから」

「は? 飛び越えた?」

「そうです。多田部長は僕のことを、何を言っても、黙って我慢すると
そう思っていたのでしょう。その我慢する姿に腹を立てながらも、
あの人は楽しんでいたのだから、僕はそれを飛び越えました。
あの人の思い通りにはなりません。僕も……彼女も……」


陽人はそういうと、栞に渡すつもりの箱をじっと見る。

そして、初めてこの機体を飛ばして、嬉しそうに笑った栞の顔を思い出す。


「仙台さん、ラジコン飛行機飛ばしてみたことありますか?」

「いや……ないな」

「今度、トライしてみてください。結構楽しいです、『爽快感』ありますよ。
うん……多田部長を殴ったときも、ありましたけどね『爽快感』」


陽人の笑みに、仙台は何を言っているんだという顔をする。


「まな板の鯉ですよ、今、僕は」


陽人はそういうと、『アリアンテ』のファイルを開き、もう一度見直し始めた。





『5日間、自宅謹慎』



とりあえず陽人に告げられたのは、この処分だった。

まだ上層部からの処分ではなく、とりあえずだったため、書類もなにもなく、

その日の仕事は終了する。陽人は時間を確認し、会社を出るとすぐに栞に電話をした。


『はい』

「もしもし、新堂です」

『はい……』


陽人は、これからお店に向かってもいいだろうかと、栞に告げた。

栞は、陽人に何があったのか心配していたので、待っていますと返事をする。


「すみません、昼間に行くつもりだったのに」

『いえ、大丈夫ですけれど……』

「とにかく、そちらに行ってから話をしますから」


陽人はすぐに電話を切ると、1本でも前の電車に乗れるよう、

早歩きで駅まで向かった。





栞は店の片づけを終えて、自転車に乗り駅まで向かった。

陽人が駅から降りてくることはわかっていたので、改札の前に立ち続ける。

電車が1本到着し、階段を下りてくる人に目を向けたが、陽人の姿はない。

自転車のスタンドを立てて、駅の端に止めると、ただ待っているのもたいくつなので、

花壇の中に落ちているゴミを拾い始めた。ガムの紙、ちらしの切れ端などが、

無抵抗な花たちに覆いかぶさっている。

栞はそれを丁寧に取ると、バッグから袋を取り出し中に入れた。

花壇のレンガがひとつかけて落ちていたので、それを元の場所に戻していると、

また電車が1台到着した。


「すみません、遅くなって」

「いえ……」


先日、多田とのことを話した日に比べて、陽人の表情は明るかった。

栞はすぐに手に持っている袋を見る。


「寒いのにすみません。この近くに話が出来る場所……」

「あの、以前モーニングを食べた店なら」

「あぁ……はい、『パンケーキモーニング』の」

「はい」


二人は以前、向かい合って座った、あの喫茶店に向かって歩き出した。


【25-4】



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