26 希望 【26-1】

26 希望


【26-1】


陽人が自宅謹慎となった初日。

営業部にはいつもの通り、多田が出社した。

自分のデスクにバッグを置くと、陽人の席を睨みつける。

北エリアの責任部長である川村に、大げさすぎるくらい話をしたはずなのに、

すぐに情報をあげてもらった上層部から何も連絡はなく、

自宅で携帯を握り締めたまま、落ち着かない時間を過ごした。


『自宅謹慎5日間』


とりあえずそう決まったと連絡を受けたのが、昨晩のことで、

本来なら、そのまま『解雇』となってもいいのではないかと、言い返してみたが、

川村からは明確な返事をもらえないまま、受話器を置くしかなかった。

多田は、イラつく気持ちを抑えながら、経済新聞を開き読み始めるが、

気付くと口元には指が向かい、伸びてもいない爪を、何度も噛んでいる。



『とにかく、上には連絡を入れるよ』



自分たちのリーダーになる川村に言った方が、

スピーディに話が進むと思っていたのに、相談したことが逆に、

自分の行動範囲を狭めてしまった。流れを任せたのだから、自分が行動してしまうと、

今度は川村の立場を、無視したことになってしまう。

多田は、新聞を読んでいる振りをしながら、前を見る。

昨日、陽人を止めた部下、扉の前に立った部下、それぞれが仕事をしていて、

まるで何事もなかったかのような時間が流れていた。


「……クソッ」


多田は新聞を投げるように置くと、そのまま営業部を出て行った。



多田の、イライラした様子を見ていた仙台は、

少し遅れて席を立ち、同じように廊下へ出る。

休憩所に向かう多田の背中を見た後、その反対側に歩き出した。

階段を降り、そのまま建物の外に向かう。

携帯を取り出し、ある人物の名前を呼び出すと、通話ボタンを押した。





その日の仕事が終わった後、仙台が向かったのは、

『しなくら』の本社ビルではなく、別ビルの中にある人事部だった。

元々はここが本社だったが、規模の拡大で、

営業部などが新しく建った自社ビルに数年前に移動した。


「すみません、仙台泉と申します。裾村部長にお会いするために来ました」

「裾村ですね、お待ちください」


入り口で名前を告げると、すぐに中に通された。

一番奥に座っていた男性が立ち上がったので、仙台は頭を下げる。


「こっちへ」

「はい」


仙台は、裾村の言うとおり、区切られた小さな部屋へ向かった。



「泉、何年ぶりだ」

「すみません、3年くらいだと」

「そうか……そうかもしれないな」


『しなくら』人事部長の裾村は、仙台にとって大学の先輩でもあり、

父の同級生でもあった。『人事部』という特別な場所にいるため、

あまり親しく振舞うのはよくないと思い、あえて入社以来、距離を保ってきた。

幼い頃には、家にも来る間柄だったが、こうして正式に顔をあわせるのは、

3年ぶりになる。


「昨日、お前の父親、孝輔から連絡をもらって。
泉がどうしても相談したいことがあるとそう言うだろ。今日は緊張して待っていたよ」

「すみません……」

「で、どうした」

「実は……」


仙台は、多田と陽人の事件を、裾村に語り始めた。





夕方6時の『ライムライト』

パート女性は勤務を終えて、お盆を持ち店内を歩くのは、すみれに変わった。

客がテーブルに残した雑誌を閉じ、すみれは棚に戻す。

良牙は客がひと段落したからなのか、カウンターから出て外を見た。

雪でも降り出したのかと、すみれも隣に立つ。


「何? 雪?」

「いや、栞と朱音が揃って、急に仕事を終えてから行ってもいいかって言うからさ」


今朝、良牙宛に電話を入れたのは朱音だった。

『話したいことがある』とあらためて言われたことで、

良牙はどういうことだろうかと、頭を巡らせる。


「どういう話なのかは、ここへ来て語るつもりなのでしょ、二人とも」

「まぁ、そうだけれど。この間、栞のことを朱音から聞いたばかりだし」


栞が付き合い始めた新堂の上司が、多田だったという話しは、

すでに朱音から聞いていたため、あれからどういう結果になったのかと、

良牙なりに心配し続けていた。

すみれは外を見て、ウロウロしても仕方がないと、良牙に声をかける。


「ウロウロってなんだよ、店の中だ」

「何怒っているのよ、そういう意味ではないでしょ」


すみれは、栞の店は7時まで終わらないのだから、

それ以降でなければ来ないと、良牙にアドバイスする。


「まぁ、そうだけれど」

「二人とも、良牙にはドシッとしていて欲しいはずよ。
ほら、すぐに片づけが終わるように、今のうちから始めておこう」

「……うん」


良牙は扉から離れると、またカウンターに戻った。





すみれの言うとおり、栞が店を片付けたのは午後7時になってからだった。

小さなブーケをいくつか作り、それを袋に入れる。


「会津さん、外はOKです」

「うん、ありがとう」


明日の入荷時間をチェックし、その日の仕事を終える。

荷物を持ち、自転車置き場まで来ると、携帯電話を取り出した。

すると、向こうからライトをつけた自転車が、こちらに向かってくるのがわかる。


「あ……来た、来た」


栞は携帯を閉じると、その自転車に向かって手を振った。


【26-2】



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