26 希望 【26-2】


【26-2】


「はぁ……ここまででも結構疲れる」

「何言っているのよ、これから毎日乗るのでしょう」

「だよね、うん」


自転車に乗って現れたのは、朱音だった。

『シャイニング』の仕事もそろそろ終わり、

保育士の資格を取るための経験を兼ねた新しい職場には、

栞のように自転車で向かうと決めて、今日の午後、新聞に入ったたちらしを持ち、

自転車店に出かけた。


「どう? この新車。ちらしの値段よりも、さらに値引きしてもらったわよ」

「そうなの? すごい」

「いいでしょ、たまご色」

「クリーム色でしょ」

「まぁ、そうとも言うかな」


栞は自分が先に走るから着いてきてねと言い、そこから『ライムライト』に向かって、

自転車をこぎ出した。





二人が『ライムライト』に着くと、時刻はほぼ8時だった。

自転車をいつもの場所に止め中を見ると、すでに客はなく、

すみれと良牙が片づけを始めている。


「よし、行こう、栞」

「うん」


二人は揃って扉を開け、中に入った。


「こんばんは」

「おぉ……」


良牙はすぐに栞を見た。

多田と新堂の話を聞いたため、おそらく沈んだ顔をしているのではないかと思っていたが、

栞は迷いなどない、スッキリとした笑みを浮かべテーブルに荷物を置く。


「ねぇ、これお店に飾って」

「あら、かわいいミニブーケね」

「そうなんです。規格からはじかれたお花も入っているので安くしていて。
結構、売れるんですよ」


栞は、すみれにブーケを渡した。すみれは、大き目のカップを取り出し、

中に入れてみる。


「あ……いいかも。かわいい」

「本当だ、うん」


朱音も隣に立つと、カウンターの横に置いたら華やかになるとそう言った。

女性陣3人の明るい声に、良牙は少し戸惑った。

多田のことで陽人とこじれた栞も、その栞を心配していた朱音も、

どちらも表情は明るい。


「良ちゃん、前に食べたお寿司取ってよ」

「寿司?」

「そう、今日は私たちのおごりです」


栞はそういうと、バッグから財布を取り出した。

朱音も同じように財布を手で振ってみせる。


「なんだよ、どうしてお前たちがおごってくれるんだ。気味悪いぞ」

「失礼ね、今日はいい報告があるから、揃ってここに来たのに……ねぇ、栞」

「うん」


『いい報告』と聞き、良牙は栞を見る。


「栞も、いい報告……あるのか」


良牙の心配そうなコメントに、栞と朱音は顔を見合わせる。


「うん、いい報告があります。良ちゃんに思い切り心配かけてしまったけれど、
ウソなんてついていないから」

「……うん」


すみれはいい報告とはどんなことなのかと、二人に尋ねた。


「いい報告を二人がしてくれるのなら、きっと、良牙がおごっちゃうと思うけど」


すみれは、そう言った後、『そうだよね』と良牙を見る。


「とにかく、話を聞かせてみろ」


良牙はそういうとすみれに寿司の注文をするようにと、指示をした。





すみれがいつもの店に寿司の注文電話をしてくれたため、栞も朱音も椅子に座った。

テーブルの向かい側に、良牙が座る。


「栞、多田って男が、新堂さんって人の上司だったって……」

「うん」

「この間、朱音からその話を聞いた」


栞はその通りだと頷き、それからの出来事を話した。

多田とどういう知り合いなのかと新堂に聞かれ、

朱音のお店で知り合ったと言ったものの、

それだけで済ませてしまうのは、ウソをついている気がして申し訳ないと思ったこと、

その次の日、実は多田が、交際した女性のことを手帳に残していて、

その手帳に自分とのことも書いてあった話も続ける。


「手帳?」

「……うん。多田さんは、私に見せてきたものと同じようなことを、
他の女性にも色々してきたみたいで。しかもその手帳を営業車の中に置き忘れたから、
結局、間接的に、新堂さんが、先に私と多田さんの過去を、知ってしまったの」

「何を考えているんだ、その男……」

「良牙、落ち着いて聞かないと」

「……わかってるよ、いちいち言うな」


良牙はすみれが入れたコーヒーを、気持ちを落ち着かせるために少しだけ飲んだ。

朱音は、良牙はすみれに強く言いすぎだと、頬を膨らませる。


「それで?」

「うん、それで私も隠し事なく、全てを話した。
だって、新堂さんには何も問題はないのに、
疑問を持たせているのは申し訳なかったから」

「うん」

「知らない人ならともかく、新堂さんにとっての多田さんは、
あまりいい印象の人ではなくて」

「嫌みなことばかり言う、上司らしいよ」


栞の説明に、朱音が横から口を挟む。


「まぁ、二人の前に出てきたと聞いて、そういう男だと予想はついたけどな」

「うん……色々と、仕事で無理難題を押し付けたり、していたみたい……
私は、そんなふうには全然、思わなかったけれど」

「ほら見ろ。俺はだから最初から辞めろと言っていたのに……お前が」

「良ちゃん、栞の話を最後まで聞いてよ」


朱音の言葉に、良牙は話を止める。


「だから、ごめんなさいって謝罪したの。いただいたラジコン飛行機もお返しした。
新堂さん、何も自分が出来ないことが悔しいって、そんなふうに言ってくれたけれど、
『許す』とは言ってくれなかった」

「うん……」

「仕方がないって、これは縁がなかった人だから諦めようと、一生懸命考えたの。
みんなに反対されたのに、多田さんとお付き合いをしてしまった私が、
悪かったんだって」


栞は、何度も納得するように頷いた。


「そうか……それじゃ」

「違うの、話しはここで終わらないの」


横にいた朱音が、そう口を挟んだ。


【26-3】



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