26 希望 【26-3】


【26-3】


栞もその通りだと頷く。


「あらためて昨日、新堂さんから連絡が入ったの。会って欲しいって。
そうしたら、一度戻したラジコン飛行機を、また私にくれるってそう言って。
自分たちが互いに嫌になったわけでもないのに、多田さんとの過去に囚われて、
なかったことにしてしまうのは、それは違うんじゃないかって」

「うん……」

「新堂さんがね、多田さんが本当に私のことを考えてくれているのなら、
わざとらしく花屋の前に顔を出したりしないって。あれは私たちを困らせるために、
あえてやってきたことだろうって」

「そうだ、俺もそう思った」

「だから、これで二人が別れてしまったら、多田部長の思い通りになるだけだ。
人を困らせて楽しがっている人間の、いいようにはしたくないし、
そんなものに負けるのは辞めようって……そう言ってくれた」


栞は、新堂が来てくれたこと、話してくれたことが何より嬉しかったと、

良牙の顔を見る。


「そっか……」

「うん」

「全てを話して、それでもお付き合いを申し込んでくれたと、そういうことか」

「うん……新堂さんが、とても大きく見えたよ……良ちゃん」


栞はそういうと、目に溜まった涙に、指先で軽く触れる。

嬉しさと、安堵感から微笑もうとするが、またじわじわと涙が浮かびした。

良牙とすみれは、栞が過去を乗り越えようとしていることがわかり、言葉が出なくなる。

『ライムライト』には、緊張感を飛び越えた、柔らかい空気が、

漂い始めていく。


「えっと……私は、3月でお店を辞めて、
その後、保育士の資格を取るための勉強を兼ねて、2つ先の駅『厚田』にある、
『ベビーランド』で働くことが決まりました。さらに、母、雪美の担当をしてくれていた、『旭が丘総合病院』の循環器科医師、桐山先生と、お付き合いを始めました、
以上です」


朱音のマシンガンのような報告を聞き、良牙は驚きの顔を見せる。


「朱音、お前、今、何を言った」

「何って、私の報告」

「報告? 報告ならきちんとひとつずつ言えよ。何を言っているのか……」

「いいでしょ、いいでしょ。もう、説教はやめようよ。
とにかく充実した日々を送り始めましたってことなのよ、私も栞も」


朱音は、あらためてひとつずつ話すのは照れくさいと、

出されたコーヒーに口をつける。


「医者と付き合うのか」

「……うん」

「相手は、本気か?」

「……どういう意味よ」

「いや」


良牙は、全く想像が出来ないと首を傾げる。


「お母さんの話題に出ていた先生でしょ、朱音ちゃん。
とっても熱心で、やる気のあるっていう」

「はい。母はきっと、『しつこい』とか『うるさい』とか言ったと思いますけど」


朱音の言葉に、すみれはそうそうと笑い出す。

栞も、そういえば引越しの時にそう言っていたねと、話をあわせた。

会話にも状況にもついていけない良牙は、ポケットからタバコを取り出す。


「母が役所の人に、色々とアドバイスをもらえるようになったのも、
公営住宅に入れたのも、その桐山先生がこういった制度があると、
私に教えてくれたおかげなの。私、今まで何一つ知らなくて。
必死に一人で抱え込んで、苦しんでいた」

「そう……」


すみれは隣のテーブルから椅子を引き、朱音の前に座る。


「医者ねぇ……」

「何よ。こだわるわね、良牙」


すみれは『素直によかったね』と言いなさいよと、良牙の背中を軽く叩く。


「いや、あまりにもハードルが高そうでさ」


良牙は朱音の嬉しそうな顔を見ながら、大丈夫かと聞き返す。


「正直、ご家族はね、大反対なの」


朱音は、雄太の兄が店まで来て、付き合いはするなと釘をさしたこと、

地元の病院経営者の娘と見合い話があったことも、隠さず話していく。


「当たり前だよね。でも、桐山先生は、その反対から逃げずに私のところに来てくれた。
自分には自分の求めたい道があるから、家族のいいなりにはならないって。
そう、ご両親やお兄さんにも宣言したって」


雄太は、東京に残り、これからも医療発展のため、

先輩方と切磋琢磨して行きたいと語ったことを、話す。


「良ちゃんが心配するのもわかるよ。確かに医者だもの。
私も最初は困りますって断った。私なんてさ学歴ないし、親はあんなふうだし、
桐山先生と並べることなんて、何一つないから」

「朱音ちゃん……そんな……」

「ううん、すみれさん、本当にそうなんだ。本当に私、勉強、嫌いだったし」


朱音は、特に数学や理科など、教科書に落書きばかりしていたと、笑う。


「桐山先生、おかしいですよって、そこまで言ったの。
何も知らない人から見たら、何かに狂わされているとしか思えないって。
でも、人の価値はそこ……つまり、頭の、学歴の問題ではないって、そう言ってくれた。
手のかかる親を、これだけ面倒見てきたという事実は、私が誇っていいものだって」


朱音は、現実につぶされそうになった自分に対し、

必死に向かってきた桐山の姿を、思い出す。


「私ね……桐山先生の前で泣いたんだ。『自分のために生きたい』って」


朱音は、これだけ一緒に住んでいる栞にも、

兄のように慕う良牙にも言えなかった言葉が、雄太の前では素直に出せたとそう話す。


「自分のためにって、言ったのか、朱音」

「うん、言った。自分の一番見せたくない弱いところ、みっともないところ、
なぜだかあの人には、ガンガン出せたの。おかしいくらい」


始めは堅かった良牙の表情が、朱音の話を聞きながら、穏やかなものに変わっていく。


「そうか……」

「うん。だから私、これからは自分のために、前を向いて歩くよ、良ちゃん」

「うん」


良牙は手で軽く鼻を押さえると、席を立つ。


「タバコ、吸ってくる」


そういうと、扉を開けて、外に出てしまう。


「『ライムライト』は禁煙じゃないのにね。タバコならここで吸えばいいのに」

「うん……」


朱音と栞は、目の前にある灰皿を見た。

綺麗に磨かれた黒の灰皿が、テーブルに乗っている。


「ウルウルしているところを、二人に見られるのが恥ずかしいのよ、良牙は。
まぁ、そこら辺は、男のプライド。気付かないふりをしてあげて」


すみれの言葉に、朱音と栞は揃って頷いた。





結局、お寿司は良牙のおごりとなり、さらに栞と朱音が近くのコンビニに向かい、

飲み物を調達した。揚げ物もいくつか並び、ちょっとしたパーティー状態になる。


「酒ないのかよ」

「ダメでしょう。バイク乗れなくなるから」

「うーん……」


栞と朱音にとっては、『家族』よりも『家族』である良牙に、

少しだけ安心してもらえたと、その日は気分よく話し続ける。


「なぁ、栞、朱音、明日でもあさってでも、店に連れてくればいい。
俺からもよろしく頼みますって、こう……」

「良ちゃん、本気で言っているの? そんなのプレッシャーだよ、
まだお付き合い始めたばかりなのに」

「ん?」


良牙はグラスを手に持ったまま、すみれの方を見る。


「私もそう思うわよ。ここに来るっていうのは、プレッシャー」

「そうか?」

「そうよ。もう少し経ってからでいいじゃない。向こうにしてみたら、
兄代わりの男に、品定めでもしているように思われるから」


それまで明るく話していた栞の表情が、曇りだす。


「どうした、栞」

「うん……」

「何かまだあるの?」


すみれも食べ終えたお皿を片付けながら、そう問いかけた。


【26-4】



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