27 決意 【27-3】


【27-3】


栞は、自転車に乗り、懸命に『ライムライト』への道を進んだ。

仕事をして、忘れていようと何度思っても、陽人のことを考えると、

冷静ではいられなかった。たった1時間しかなくても、良牙のところへ行き、

不安な気持ちを受け止めて欲しいという思いで、ペダルをこぎ続ける。

いつもの場所に自転車を置き、扉を開けると、パートの女性が、

連絡がなく栞が来たことに驚き、すぐに良牙を見た。


「どうした、栞」

「良ちゃん……ごめん、昼休み終わるまで、ここにいていい?」


栞はそういうと、いつも座るカウンターの隅に腰掛けた。

良牙はすぐに『カフェオレ』を作り出す。


「何か食べるか」

「……あまり欲しくない」

「どうしたんだ、具合悪いのか」


栞は、実は今、陽人が本社に呼び出されて、面談をしているとそう話す。


「面談」

「うん。新堂さんは、最悪のことも覚悟できているからって、笑っていたけど、
やっぱり、責められているのかと思うと、申し訳なくて……」


栞は、陽人は仕事のことで殴ったと言っていたけれど、

本当は違うはずだと不安を口にする。


「今までだって色々とあったのに、我慢できていた。
それが爆発するってことは、よっぽどだったと……」

「うん」

「私のことじゃないかなって、その思いが抜けないの」


栞は両方の指を組むようにした後、大きく息を吐く。

良牙の、口には出さなかったが、内心同じことを考えていたため、

どう言葉をかけていいのか、わからなくなる。


「ほら、カフェオレ。温かいから飲めよ」

「うん」


栞は、出されたカップを両手で包み、あったかいねと懸命に笑顔を作る。


「今食べられなくても、後でお腹が空くかもしれないから、
適当にサンドイッチ作ってやる、持って帰れ」

「うん……」


良牙はトースターを開き、パンを2枚に乗せると、レバーを回す。

じわりと中が温まり、オレンジ色の光りがパンを包み込んだ。


「栞……」

「何?」

「人と付き合っていたら、色々とあるよ。いいことも、悪いことも」

「うん」

「それをひとつずつ乗り越えて、本当の絆になるんだ。今、お前と新堂さんは、
それを試されているところだと、そう思ってガンバレ」

「……うん」


栞はトーストの香りを受けながら、良牙の出してくれたカフェオレを、

ゆっくり飲み始めた。





「ありがとうございました。失礼します」


陽人の面談が終了し、扉が閉められた。

3名の上司は、それぞれが背伸びをしたり、肩を回したりし始める。


「今時の若者なのかねぇ。結局、どうして多田部長を殴ったのか、
最後までハッキリとした理由を言わなかったな。まぁ、衝動的なことだったと、
そういうことだろうけれどね」

「終電にも帰れず、朝まで仕事を押し付けたということになると、
それは問題だが。殴るっていうのはなぁ……」


当然だが、陽人は栞と多田のことには一切触れなかったため、

あくまでも仕事でのいざこざが原因だったと、そう言い続けた。

2人の面接担当者は、『仕事の不満』で殴られていては上司も大変だと笑う。


「そうでしょうか」

「ん?」

「普通はあれだけ、潔くなれませんよ」


『柴岡佑(たすく)』は、面接時に取ったメモを見ながら立ち上がる。


「長い間、多田部長に恨みつらみがあったのだとしても、彼の言い分は潔い。
普通、保身があることなのだから、必死に弁解するでしょう。
それを、殴ったことも、間違いはないし、殴ったことも後悔していないとそう言った」

「それは開き直りでしょう」


他の担当者は、上からの話しどおり、営業から外して倉庫管理に追いやれば、

自然と辞めていくだろうとそう話しだす。


「どんな理由があっても、上司に手をあげてしまうような人間は、組織に向きませんよ」


片方の男性は、本人が認めているのだから、後々問題にもならないはずだと、

そう言い始める。


「それは、ずいぶん消極的ですね」

「消極的? 柴岡さん、あなた……」

「倉庫管理に行かせるという判断には、僕も賛成します。今、強引に営業部内においても、
色々とひずみが生まれるでしょうから。
でも、倉庫管理に行かせるのなら、期限を決めましょう」

「期限? いや、そんな勝手に決定はまずいだろう。処分だけ決めたらそれで」

「いえ、期限をつけたものでも、彼の話を聞き、考えた処分なのだから、
問題ないはずです。営業成績もしっかりしているし。
それに、あるところからの話しだと、殴られた多田部長の方にも、
これから調べないとならないものが、ちらほらあるようですし」

「柴岡さん」

「なんでしょうか」

「私たち、この仕事を引き受けさせられるときに、期限付きにしろと言われていませんよ。
いつものことですよ、ほら、工場に送れば……」


担当した一人の男性は、工場の倉庫管理にさせることが、

私たちの仕事だと、簡単に決めてしまう。


「何に怯えているんですか」

「怯えている? 私がですか?」

「そうですよ。もし、何か問題があるというのなら、
私がいくらでも説明に向かいますよ」


柴岡は、そういうと、他の二人に対して、挑戦的な目を向ける。

最初は不満そうだった二人も、柴岡の強気な発言には勝つことが出来ず、

黙ったまま資料に印鑑を押した。





陽人は、会議室から出た後、そのまま営業部のあるビルへ向かうことは出来たが、

今日も多田部長が来ているだろうし、仙台たちに迷惑はかけられないと思い、

そのままビルを出る。


「あ……」


どこかで見かけた気がしていた男性は、陽人が入社試験を受けたとき、

今日のように面接官をしていた男性だったことを思い出した。


「そうだ、あの人だ」


他の面接官がまっすぐに座り、緊張した顔でこちらを見ていたのに、

あの男性だけは、少し斜に構えて座り、視線だけを送っていた。

結局、陽人に質問をすることは当時なかったのに、その態度が印象的で、

今まで頭の片隅に残っている人だった。

入社したときと、退社しなければならないかもしれないときと、

陽人は、最初と最後が同じ人に審判されるとはと、

偶然の出来事になんだかおかしくなる。

時計を見ると、昼食の時間はとっくに過ぎていたので、

今からランチを取るのは難しいだろうなと思いつつも、

心配しているだろう栞の顔を見て帰ろうと、ホームを選び電車を待った。


【27-4】



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