28 未来への憧れ 【28-1】

28 未来への憧れ


【28-1】


「多田部長」

「はい」

「君の部下に対しての行為に、色々と問題があると、そう意見が出てね」

「問題? いや、ちょっと待ってください。私がって……いえ、あれは新堂が」

「新堂が君を殴ったということに関しては、もう処分が出ている。
今話しているのは、それとは別だ」


陽人が営業部に挨拶をした日、会議を終えた多田は、

人事部の裾村にそう声をかけられた。

面談の結果が思わしくないという言葉を受け、それは違うと反論する。


「違うとは?」

「冷静に聞いてください。あいつらは、厳しくするとそれを恨むんですよ。
営業なんてものは、甘えでは乗り越えられません。私は、だから……」

「新堂が殴っていなかったら、自分が殴ったかもしれないという営業部員が、
数名いたことに対して、どう思う」

「は?」


多田は、それは誰なのかと尋ねたが、もちろん名前は出してもらえない。


「取引先の書類を提出すると、小さな企業だとブーメランのように飛ばされたとか、
あと、無理難題の仕事を押し付けておいて、次の日、忘れていたことがあるとか、
色々と出ていたけれど……」

「ブーメラン?」


多田は、誰に対してそれをしたのかと必死に思い出そうとするが、

一人や二人ではなかった気がして、頭の中がゴチャゴチャし始める。


「いや、えっと、それは違います」

「多田部長」

「はい」

「私もね、以前は営業部を仕切っていたことがあるから、わかるんだよ。
新堂という社員が、自らの進退をかけて挑んだ行為に対し、少なくとも、
営業部員たちは、君ではなく彼を援護している……そうは思わないか」

「いや……それは……」

「上司として、もう少し、部下から尊敬されるような態度を取ってくれたまえ。
でなければ、君に中枢の箇所を任せてはおけないからね」


多田は忠告の裏にある、怒りを感じ、そこから何も言えなくなる。

とりあえず冷静に会議室を出ると、そのまま怒りに震えながら営業部へ戻った。

扉を思い切り開け、静まりかえる営業部内を見た後、デスクに戻ると、

書類をたたきつける。


「お前ら! 何を言っているんだ! この恩知らずが!」


仙台を始めとして、恵利も他の部員もみんな一瞬多田を見たが、

恐怖におののくわけでもなく、すぐに仕事を開始する。

多田は、左の人差し指を前に出し、全員の顔に印をつけるように動かす。


「おい、誰が何を言ったのか、絶対に調べてやるからな……
絶対だぞ、調べて絶対に……くそぉ……覚えておけ」


多田は震える手でデスクに置いたタバコをつかむと、そのまま営業部を出た。





その日の夕方、良牙は何度も時計を確認すると、

急にカウンターの中から出て、拭いたはずのテーブルを拭きなおした。

パートの女性から引き継いだすみれは、

もう少し落ち着けないのと、呆れた顔で言う。


「落ち着いているだろうが。何か問題があるか」

「それが落ち着いているのだとしたら、
世の中から、不審者という人たちがいなくなるわね」

「ん?」


良牙が慌てている理由は、今日、自分の仕事が終わった後、

陽人と一緒に店を訪れていいかという、栞の電話があったからだった。

すぐに戸柱の方へ通い始める陽人にしてみると、栞が兄のように慕う良牙と会える日が、

またいつまで伸びるかわからないと、そう判断したことからだった。


「寿司……寿司だぞ」

「わかっています。すでに電話をしましたし」

「うん……」


良牙は、洗い終えたグラスを拭きながら、また時計を見る。


「ねぇ、新堂さんだっけ? 戸柱だって言ってたわよね」

「うん」

「ここから通うのは、結構大変ね」


すみれは、昔、大学時代の友人が、『戸柱』に住んでいて、

遊びに行ったことがあるけれど、結構時間がかかったとそう言い出す。


「会社の話しだと、半年くらいだって言われたらしい。まぁ、少しおとなしくして、
また戻ってこいということなんだろう」

「半年か……まぁ、それならね」


すみれは立ち上がった客に気付き、すぐレジの前に立つ。


「はい。360円です」


男性は会計を済ませ、扉を開ける。

すみれは『ありがとうございました』と、頭を下げた。





「それじゃ、お先に」

「お疲れ様です」


店の片づけを終えた栞は、

いつもランチを一緒に食べたベンチで待つ、陽人のところへ向かった。

陽人は路線図を見ながら、これから通う場所へのシミュレーション中で、

栞が声をかけると、すぐに時計を見る。


「もう、こんな時間なんだ」

「うん、片付けも終わったし、行こう。良ちゃん、緊張して待っているから」

「緊張? そう言われると、僕の方が緊張してくるよ」

「……新堂さんが? どうして」

「どうしてって」


陽人は、栞にとっては、とても大事な人だということを、以前から聞いていたため、

緊張するのだと、そう言い返す。


「新堂さんなら大丈夫。何も言われないわよ」

「そうかな」

「大丈夫、私が保証する」


栞はそういうと陽人の手をつかみ、電話でタクシーを呼んだ。

自転車はスーパーの駐輪場に、残していく。


「それにしても、明日からすぐに向こうって、大変ね」

「いや、もう謹慎の5日間で家に居るのは飽きたよ。どうせ行くことになるのなら、
早く行って、慣れないと。今週3日間は、仕事の説明を受けるから、
午後くらいの出社でいいと言われているし。ラッシュでもないしさ」

「うん」


栞が呼んだタクシーが5分ほど待ったところで到着し、

二人は揃って後部座席に乗り込んだ。

栞が行き先を告げると、タクシーはすぐに走り出す。


「どんなところなの? 戸柱って」

「田舎だよ、いい意味で。だからこそ、大きな工場が出来るし。
そうそう、ラジコンを飛ばせそうな公園が、あちこちにある」

「ラジコンを? へぇ……」

「落ち着いたら会津さんも招待しますよ」

「……はい」


新しい場所への期待を話していると、『ライムライト』へはあっという間に到着した。

陽人は支払いを済ませ、二人揃って外に出る。


「いい? 入るけど」

「うん」


栞は扉を開き、『こんばんは』と挨拶をした。


【28-2】



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