28 未来への憧れ 【28-2】


【28-2】


栞の顔を見た良牙は、いつものように声をかけたが、陽人の存在に気付きながらも、

ぎこちない挨拶をし、とにかく座るようにと言うと、すぐに裏に入ってしまう。

すみれはあまりにもわかりやすい良牙の態度に軽く笑いながら、

ここへどうぞと案内する。


「栞ちゃんはいつものカフェオレでいいのかな」

「はい」

「新堂さんは」

「あ……僕はブレンドで」

「はい」


すみれはオーダーを聞くと、カウンターの奥にいるはずの良牙に声をかけた。

良牙は数秒後あらためて前に出てくる。


「いいのかな、挨拶もしないのに、ここに座っていて」

「まずはコーヒー飲んでみて。挨拶はそれからで大丈夫」

「うん」


良牙はカウンターの中で注文の品を作り、

自分とすみれの分を合わせて4つのカップを置いた。

すみれは全てをお盆に乗せて、栞と陽人が待つテーブルに運ぶ。

良牙もエプロンを外し、二人の方へ向かってきた。

陽人は立ち上がると、すみませんと頭を下げる。


「いいよ、そんなに堅苦しくしなくても」


良牙は両手を振りながら、大丈夫だとそう言った。

座って話しましょうと、陽人に合図する。


「良ちゃん、こちらが新堂さん」


栞は陽人が座るのを待ち、そう言った。良牙は、何度か頷いていく。


「うん……始めまして。加茂良牙です」


良牙の挨拶に、陽人も頭を下げる。


「新堂さん、こちらが良ちゃん……私のお兄さんであり、
時には厳しい師匠のような人……かな」

「師匠?」

「そう」


栞の言葉に、良牙は師匠と言う割には逆らってばかりばかりだなと、笑う。


「逆らった? 私がいつ逆らった?」

「さぁ、いつだかわからなくなるくらい回数があったので」

「ひどい」


栞と良牙のやり取りに、陽人もすみれも笑顔になる。


「新堂さん、こちらがすみれさん。良ちゃんの彼女さんだから……
私にとってはお姉さんのような人」

「……栞ちゃん」


すみれは、栞に、『姉のような人』と紹介されたことが嬉しくなる。


「すみれさんがいてくれたから、私、今、ここにいるかもしれないってくらい、
お世話になった」


栞は、すみれが冷静に話をしてくれたときのことを思い出し、そう表現した。

陽人は、すみれにもしっかりと名前を名乗る。

どこかぎこちない時間を流していると、

そこにあらかじめ注文してあったお寿司が届く。

そこからは、食事をしながら良牙が陽人に質問をし始めた。


「戸柱に行くって」

「はい。『しなくら』の製造ラインと物流センターがあるんです。
そこへ半年ほど行くことに」


陽人は、新人研究の時に訪れたことはあるが、

仕事をしたことはないので、どうなるのかまだわからないと口にする。


「いつから」

「明日からです」

「エ……明日から?」


すみれは思わず大きな声を出してしまったと、慌てて口元に手を置いた。

陽人は、明日は昼過ぎに行けばいいので大丈夫ですと返す。

良牙は陽人と栞の顔を交互に見た後、納得するように頷いた。

すみれはそんな良牙の姿を見ながら立ち上がると、カウンターの奥に入る。


「ねぇ、栞ちゃん。これ、裏のゴミ置き場におきたいの。手伝ってくれる?」

「あ……はい」

「それなら僕が」


陽人も立ち上がったが、すみれは人差し指で、良牙のことを軽く指し示す。


「大丈夫。ここのゴミは軽いの。重たいようなものはないもないから」

「うん」


栞は立ち上がり、すみれが持っていたビニール袋をひとつ受け取り、

扉から外へ出て行った。『ライムライト』には、良牙と陽人、二人が残された。

すみれと栞は、店の横を通り、裏にある倉庫のカギを開ける。


「ごめんね、栞ちゃん」

「いえ……すみれさんがどうしたいのか、ちょっとわかったので」

「うん、ありがとう。良牙ね、新堂さんと話がしたかったみたいなの。
だから、少しだけ二人にしてあげてくれる。変なことは言わないはずだから」

「はい」


すみれは持ってきたビニール袋を、倉庫の中に入れていく。


「栞ちゃんが、幸せそうな顔をしているのが見られて、
本当に良牙もほっとしているはずだから」

「……はい」


栞は、壁になっていて中の様子は見えないけれど、

すみれと同じようなことを思いながら、その場に立っていた。



「栞のことで、君には迷惑をかけてしまって、申し訳なかった」


良牙は、自分がもう少し気をつかっていればよかったと、頭を下げる。


「いえ、そんな」

「あいつ……3歳で『愛風園』に来て、それから1度も母親と会っていないんだ。
父親のことは、何も話されていないから、探すこともできていないし……」


良牙の話を、陽人は頷きながら聞いていた。

栞から『愛風園』のことは、一度聞いたことがあったけれど、

それ以上、聞きだすようなことをするのは、

傷を広げてしまうのではないかという気がして、してこなかったからだ。


「子供の頃、たくさん愛されているはずの時代に、空白を作ってしまったから、
『愛されること』に慣れていなくて、過剰に反応してしまったり、
そんなズレもあるかもしれないけれど……」


良牙はそこまで話すと、陽人の顔をじっと見る。


「どうか……それも全て栞だと思って、受け止めてやってください」


良牙は、そういうと、両手をテーブルにつき、あらためて深々と頭を下げる。


「いや、あの……そんなことしないでください。僕も十分未熟な人間です。
なんせ、上司を殴りましたし、この年で、すでに左遷状態ですし」


陽人は、大学時代に倒れてしまったことから、打ち込んできた陸上を離れてしまい、

どこか欠けている日々を送って来た自分の前に出てきたのが、栞だったと、

そう話していく。


「会津さんの、花に向かう姿勢を見ていたら、出来ないことがあるからって、
どこか甘えている自分に気付かされたというか……いや、励まされたというか。
とにかく、いい刺激を毎日もらっています。
それはこれからもきっと変わらないと思うので」


陽人は、これからも、栞のよき相談相手になってあげて欲しいと、良牙に頭を下げ返す。


「いや……俺は、新堂さんのように頭で考えられないから、つい、こう……」

「いえ、僕も変わらないですよ」


陽人は、右手で拳を作る。


「あ……そうか、そうだったね」


良牙はそう言いながら笑うと、今日は来てくれてありがとうと笑顔を見せる。

そこにまたすみれと栞が戻ってくると、楽しい時間がしばらく続いた。


【28-3】



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