37 誠実な愛 【37-2】


【37-2】


送り出された陽人は、景色を楽しみながらマイペースに走って行く。

無理をしているつもりはないし、体に違和感もない。

上り坂にさしかかった時、栞におにぎりをもらった雨の日のことを思い出した。

濡れるのに走らないのはおかしいと言われ、思い切り空腹のお腹を鳴らしてしまった。

もらったこんぶのおにぎりを、誰もいないベンチで食べながら、

見た空の色は、今日とどう違うだろうかと、思ってしまう。

視線を下に向けると、名前も知らない小さな花が、咲いていた。

健気な花は、風に花びらを揺らす。

陽人は、昔から花を見るのは好きだった。

それは庭いじりの好きな、母親の影響もあると思っている。

しかし、営業時間を勘違いし、少し早い時間に店の前に立ち、

小さな鉢植えを見つけた日からはずっと、

陽人の意識は花ではなく栞に変わった気がする。

自分が好きな花たちのように、『個』の意思を持ち、凜とその場に立っていた栞は、

挫折して、どこか諦めながら生きてきた陽人の人生に、

花たちがくれたような、彩りを加えてくれた。

『これから』が楽しいと思わせてくれた大切は人は、今、ゴール地点で待ってくれている。


「おっと……」


そこから変わった下りに、足がついていかずによろけた男性は、転んでしまった。

陽人が『大丈夫ですか』と声をかけると、男性は照れくさそうに立ち上がり、

また走り出す。

陽人は一歩ずつ前に進み、さらにカーブへとさしかかった。

少し前にいる男性を捉えると、順位は5位に上がる。

無理はしないことと決めているし、そうするつもりはないが、

このレースが終わったら、この場所を離れ、また本社に戻るのだと思うと、

少しでも物流センターのみんなと何かを喜びたくて、自然と陽人の歩みが速くなった。

呼吸を乱さないように気をつけながら、前にいるランナーを捉えていく。


「あ……ほら、見て、抜いた、抜いた」


パート達はそう言って喜び、順位が上がったと、声に出した。

栞はボードに並ぶ順位表を見ながら、これで陽人が3人抜いたことになると考える。


「大丈夫かな……」


栞のつぶやきに、朱音がその手を握る。


「信じよう、栞」


朱音の言葉に、栞は黙ったまま頷く。

最終ランナーになる男性が、陽人のたすきを受け取るために、場所に立つ。

色々な人たちの歓声に迎えられながら、陽人はしっかり両手でたすきを握ると、

確実に手渡した。


「はぁ……はぁ……」


走って行くランナーを見た後、自分の左胸に手を当てる。

速度も違うし、内容も全く違う状態なのにも関わらず、陽人の気持ちには、

昔、学生時代、いいタイムを出した時と同じような感覚が蘇ってきた。


「はぁ……」


青く晴れた空を見上げながら、陽人は両手を広げて、深呼吸をした。





「それでは、『戸柱物流センター』、最高位タイ5位を記念しまして、
ここからはありがとうの会を!」


『戸柱物流センター』は、過去最高位とタイ記録になる、5位となった。

レースに参加した陽人はもちろんのこと、応援にかけつけた栞達も、

会に参加することになる。


「すみません、僕たちまで」

「何を言っているの。新堂さんの知り合いは、私たちの知り合い。
だよね、みなさん」


冨美子の声に、『そうだ』と他のメンバーからも声が上がる。

冨美子を始めとしたパートメンバーたちは、陽人がこれで本社に戻ることになるのを、

寂しいと嘆いたが、リーダーの矢野は、よかったなと声をかける。


「矢野さん……」

「新堂さんのような社員は、ここで花を植えていたらダメだ。もっと頑張らないと」


矢野は、隣に座る栞に、『花は私たちで守りますよ』と言ってくれる。


「はい……」

「矢野さんたちに教えてもらった場所に、今度はラジコンを飛ばしに来ます。
そのときはまたぜひ」


陽人はそういうと、『お世話になりました』と頭を下げる。

隣にいた栞も、一緒に頭を下げ、

みなさんに温かく迎えてもらった時間を振り返った。





「桐山先生、お休みのところすみませんでした」

「いえ大丈夫ですよ。奥村先生からも頼むぞと言われていましたし」

「あ……」


会を途中で抜けた4人は、雄太の運転する車で、東京に戻ることになった。

陽人は小さくなっていく『戸柱』を見る。


「いい人達ばかりだった」

「うん……」


陽人のつぶやきに、栞は頷く。


「ねぇ、栞。これからさ『ライムライト』行こうか。
良ちゃんに連絡したらきっと、お店待っていてくれるかも」

「あ、うん」


朱音はそれならばと携帯を取り出し、良牙に連絡を入れる。

電話に出たのはすみれで、だいたいの到着時間を告げると、

それならば待っているからとすぐに返事をくれた。


「4人で?」

「うん……お寿司取っておこうか」

「桐山先生も来るのか」

「そうよ、朱音ちゃんが言っていたもの」

「あ……うん、そうだよな」


良牙は突然だからなと言いながら、慌ただしく動き始める。

すみれは『落ち着きなさいよ』と良牙に言うと、客の帰ったテーブルを、

拭き始めた。





「それでは、新堂さんが本社復帰となり、マラソン大会も無事終えたということで……」


挨拶をと言われた良牙だったが、そこまで話した途端、続きが出なくなる。


「良ちゃん」


朱音は乾杯しようと、グラスをあげる。


「いや……うん……」


良牙は6人が揃った状態に、気持ちがいっぱいになっていた。

それぞれが自分の生き方を貫く中で、互いに理解し合える人を見つけ、

こうして揃っている。


「新堂さん、桐山先生、ありがとうございます」


幼い頃から栞と朱音を知る良牙は、二人がここにいることが奇跡のように思え、

そう言ってしまった。いつもならあれこれ言い返す朱音も、思いがわかるだけに、

黙ってしまう。


「良牙……変なところでセンチメンタルにならないでよ。
ほら、みんなが食事出来ない」

「あ、うん」


良牙はそうだよなと顔を上げる。


「俺たちはろくに親の愛情も知らずに育っています。
だから、出来ていないところも多いし、知らないことも多いと思います。
でも……栞も、朱音も、精一杯自分の道を……」

「もう……ジメジメする。はい、みなさん乾杯!」


すみれがそう声をかけ、良牙は『おい』と言い返そうとするが、

そのまま『乾杯』と話を終えてしまう。


「良ちゃんが私たちの兄になってくれたから、ここまでこうして来られたこと、
新堂さんも、雄太さんもよく知っている。だから、大丈夫」

「そうそう、大丈夫」


朱音と栞はそういうと、互いに陽人と雄太を見る。


「そして、良ちゃんがこうしていられるのは……」

「そう、すみれさんがいるから!」


朱音と栞はそれぞれがすみれの横に向かうと、右手を左手を奪い合うように組んでいく。

すみれは二人の言葉に、『ありがとう』と嬉しそうに笑う。


「新堂さん、疲れただろう、レースの後で」

「いえ、ほっとしたところが大きいです」

「そうか」


良牙の言葉に、陽人は頷く。


「明日、奥村先生に報告します」

「あ、お願いします」


雄太の言葉に、今度は陽人が頭を下げる。


「栞と朱音を、よろしくお願いします」


良牙がそういうと、陽人と雄太が『はい』と返事をした。

良牙が二人の肩に触れ、無言の返事をする。

それぞれの仕事があるため、2時間に満たない会だったが、

6人が嬉しそうな笑顔のまま、手を振って別れることになった。


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