リミット 4 【救いの手】

4 【救いの手】


それから2日後、色々とあったが主任として赴任した深見の歓迎会が行われることになる。
しかし、本人の深見は、朝から本社に呼び出され席を外していた。


「咲、何歌う?」

「私は歌わないの。前からオンチだって言ってるでしょ!」


カラオケが得意な利香は、朝から曲選びで頭を悩ませていたが、

そこへ若いカップルが旅行の申し込みに訪れた。

咲は席を離れ、カウンターに座る。


「カナダですか?」

「スキーに行きたいんです。日本はあちこち回ったので、思い切って海外へ……ねっ」

「うん……」


新婚なのか、腕を組みながら嬉しそうに話す二人に、

咲は言われた通りパンフレットを揃え、目の前へ置く。



『あのぉ……、スキーをしに行きたいんですが……』



咲は初めて、ここへ訪れた篤志のことを思い出す。

会社の同僚とスキー旅行に行きたいのだが、おすすめは? と問いかけてきた。


北海道に決め帰った次の日、やっぱり東北へ、そして新潟へ……と

何回も行き先を変え、何回も頭を悩ませていた。


「すみません、あっちもいいし、こっちもいいし……あなたの話しを聞くと、
全部がいい場所に思えるんです」


咲の営業トークに振り回されていた篤志だったが、いつのまにかその人が、

咲の一番大切な人に変わる。


あの事故の後、白紙に戻そうと言われたけれど、あの旅行を悩んだ時のように、

少したてば『やっぱり咲が……』と戻ってくるものだと、そう思っていたが……


あれから篤志は、連絡すらよこさない。


咲は、パソコンに向かい合いながら、篤志とのことを諦める時が来たのではないかと

思い始める。


「あのぉ、これってどうですか?」

「あ、はい……」


こんな二人のような幸せは、もう戻ってこないのだと、想いを振り切るように。

咲は接客を続けた。





咲は、休憩時間にオフィスの端にある休憩所の自動販売機でコーヒーを買い、

そこに座って飲むのが好きだ。

これから先、自分はどうなるのだろうと思っていると、ガチャンと販売機の音がした。


「あ……」


本社から戻った深見が、同じようにコーヒーを買い、咲の隣へ座る。


「あ、主任、山岡物産の谷口部長から、電話がありました」

「……」


隣に自分がいることなど、気付いてもないような態度に、

咲は、少しだけ顔を覗き込むように深見を見た。


「……主任! 聞いてます?」

「……ん? いたのか、早瀬……」

「結構前からいましたけど」

「あ、ごめん」


いつもの調子とは明らかに違って見える深見の様子に、咲はもう一度電話のことを告げた。


「わかった、こっちから連絡する」


深見はそう言って立ち上がると、休憩所を後にした。





「よし、歌え!」

「いや、もう、ちょっと、ノド枯れちゃいますよぉ」


利香は秋山に引っ張られ、いつものように、むりやりデュエットをさせられ、

咲は手を叩き盛り上げながらも、隣に座る深見の表情が気になっていた。

普段の豪快さは影を潜め、どこか目もうつろに見える。


「主任……具合でも悪いんじゃないですか?」

「……ん? 大丈夫だ」

「でも、なんだか辛そうですよ。昼間も……」

「昼間、あの後、薬飲んだから大丈夫だって……」

「あの後って……」


咲は、自動販売機のある休憩所でコーヒーを買った深見を思いだす。


「まさか、コーヒーで飲んじゃったわけじゃないですよね」

「……ダメなのか?」


咲はダメですよ、と首を振り、カフェインが悪い影響を出すことがあると、

一生懸命に説明をする。


「そうなのか。結構昔から適当だからな……そういうことは。でも、生きてるぞ……」

「……」



『彼は細かいところにも、すごく気がつく人だから……』



仕事の面では確かに超特急のエリートであることは咲も認めていた。

しかし、とんでもないところが抜けている。

コーヒーで薬を飲むなんて、常識では考えられない。


「よし、次、誰か歌え!」


つかみどころのない上司の行動に、咲は首を傾げることしか出来なかった。





金曜日のタクシー乗り場、同じように宴会後のサラリーマン達であふれかえる。


「えっと……方向が一緒なのは誰だよ」

「お前は?」


社員同士、タクシーに相乗りするために方向を言い合う。


「じゃぁ、早瀬と俺だな……」


咲のマンションは、深見の4つ前の駅で降りる。


「じゃ、また明日!」

「あ、主任。お疲れです!」


結局、同じ方向は二人だけで、咲は深見とタクシーに乗り込んだ。

カラオケ中も様子のおかしかった深見を気にしながら、咲は横を向く。


「あの、主任先に帰ってください」

「……は?」

「辛いはずですよね。私は後でいいですから……」

「いいから、気をつかうなよ」


結局深見に言い切られ、タクシーは咲のマンションに向かう。

しばらく走り出した時、咲の肩に深見の頭が触れた。


「……」

「ふぅ……」


咲の肩に触れている深見は明らかに熱い。

咲は少し体をずらしながら、左手をおでこに当てた。


「主任、尋常な熱じゃないですよ」

「……熱に尋常も何もないだろうが……」

「……でも」


手で咲の左手を払いのけ、深見は頭を反対の扉に預ける。

あと5分ほどで、咲のマンションにつくだろう。


「薬はあるんですか? 家に氷はあるんですか?」

「……」


深見は咲の問いには答えず、じっと動かないままで、

一人で騒いでも仕方ないと、咲はそのままタクシーに乗り続けた。


やがて見え始める住宅街、角を曲がれば咲のマンションに到着する。

相変わらず苦しそうな息づかいの深見に、咲はもう一度視線を向けた。


「はい、ここで」


咲はタクシーから降りると、運転手に少し待つように告げ、

後ろで横になってしまっている深見に、声をかけた。


「今、薬を持ってきます。母が持たせてくれたもので、結構効きますよ。家に戻って……」


そこまで言った時、咲は言葉を止めた。薬を渡したとして、

深見は家に戻ってちゃんと飲むのか。

また、コーヒーとか変なもので、飲むことはないのか……。

そんな考えが、頭をグルグルと回る。


「ねぇ、この人、大丈夫かね……」


深見の様子を見たタクシーの運転手が、心配そうに問いかけた。

咲は後部座席のドアを開け、深見のおでこに手を当てる。時間の経過とともに

あがる熱に、咲は覚悟を決めた。


「すみません運転手さん、一緒に、部屋へこの人を運んでくれませんか?」


咲は自分のベッドへ深見を横にして、上着を脱がし、ネクタイを緩めた。

とりあえずタオルを濡らし、おでこに当てた時、いきなり右手をつかまれる。


「……」

「こんなふうに、男を簡単に部屋へ入れるなんて、襲うぞ……」

「元気なんですか? 主任!」

「ごめん……ちょっとだけ休んだら帰るから……」


右手をつかまれたままだったが、咲はそれを払いのけようとは思わずにいた。

『ごめん……』というたった一言が、咲の心に少しずつ染み渡る。


「薬飲んでください。母から持たされたもので、結構効きます。
すぐそこにコンビニがあるんで、氷を……」


咲はその場を離れようとしたが、深見のつかんだ手は、全く動こうとはしない。

まるで、そばにいてほしいと訴えている。


結局咲は、深見に薬を飲ませることも出来ず、そのままベッドの横で眠りについた。





「……早瀬」


咲がうっすらと目を開けると、すぐ側に深見の顔があった。

その姿は昨夜とは全く違っていて、ネクタイをしめ、

すぐにでも部屋を出ようとしているように見える。


「……あ、大丈夫なんですか?」

「あぁ、だいぶ楽になった。悪かったな、本当に朝まで寝てしまって。
驚いたよ、起きたら5時を回ってた。ここから早瀬と出勤するわけにもいかないし、
とりあえず帰るよ」

「……そうですよね」

「ごめんな、ベッド取っちゃって。寝られなかっただろ」

「いえ……」


深見は申し訳なさそうに一度大きく頭を下げ、咲は何度も首を振る。


「なぁ、何か、楽しみでもあるのか?」

「エ……」


深見が指さした場所には、咲が毎日印をつけているカレンダーが飾ってある。

それは約束の半年まで、タイムリミットを知らせる印。


「印をつけて待つほどの楽しみかぁ。いいなぁ……」


咲はその問いには何も答えず、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

深見は、一瞬その表情を気にしたが、何も聞かずに玄関へ向かい、靴を履く。


「楽しみがあれば、仕事にもハリが出るってもんだ……うん」


そう言いながら深見が玄関を開けるとね外の空気がスーッと部屋の中へ入る。


「本当にありがとう、助かったよ」


咲は無言のまま頭を下げ、深見が手を離した扉がカチャンと閉まった。

足音がだんだん遠のき、やがて聞こえなくなる。



『主任、印をつけるのは楽しみばかりじゃないんですよ……』



咲は聞こえなくなった足音に、そう語りかけた。

部屋へ戻り、印のつけられているカレンダーをあらためて見る。



『そう言われてみたら、どうして私、印なんてつけてるんだろう……』



自分の意味のない行動に首を傾げていた時、いきなり携帯が鳴り出して、

咲は慌てて電話を取る。


「もしもし……どうしたの? エ? お母さんが?」


電話の相手は弟だった。
                                    神のタイムリミットまで、あと134日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

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コメント

非公開コメント

ちょっと堅い…もとい、きちんとした上司と部下の二人が微笑ましいです。さぁ、次へ~

ラピュタさん、一言コメントありがとう。

ちょっと堅い?(笑)

どんどん次へ、進んでくださいね!