5 最高の褒め言葉 【5-3】


【5-3】


「大吾、今のはダメだ。なし」

「なし?」

「そうだ。ここを始めたきっかけが、森永の家のホームページはダメだ」


ダメだ、ダメに決まっている。


「ダメってどういうことですか。だって、あれが……」

「親が医者なことを鼻にかけて、気に入らないヤツだから、
予約システムをおかしなことにしようとしたけれど、
結局、混乱させるのは、罪のない患者さんの迷惑になるからと、やり遂げた話だろ」

「そうです。何か問題でも」

「問題だらけだ」

「どうしてですか」



どうして?



「お前、おかしいだろう。本心は、いたずらのつもりだったんだぞ。
それが結局、直したと言うことで……」

「でも、結果は直っています」

「いや、でも、尾崎さんがどう思うか」

「尾崎さん?」


そうだ、人の病院の予約システムをいたずらしようとしていたなんてこと、

そこが会社設立のきっかけだなんて言ったら……

真面目な彼女の戸惑う顔が……

いや、戸惑うどころじゃない、『呆れられる』。

『村井さんってどういう人なの』と、『軽蔑』並の出来事だろう。


「社長」

「なんだ」

「どこまで語るつもりですか。起業のきっかけですよね。
直したという結果だけでいいと思いますが。どう思っていたのかという、
心の中まで必要ですか?」



心の中……



「そうか」

「そうだと思いますよ。結果的に森永さんも喜んだでしょう」


そうか、そうだ。

大学時代の知り合いの家、そのホームページの修正。

そうだ、これだけならウソも何もない。うわずみだけをサラリと取っただけだ。

いや、むしろ、『人助け』はいいことになるはず。

俺はペンを持ち、それなりに書き進めた。



次は何だ、『日々、心がけていること』。

心がけ?



「大吾」

「今度は何ですか」

「日々、心がけていること……」


そんなこと、いちいち考えている経営者なんているのか。

タヌキなんて、絶対に何も考えていないぞ。

大吾は鳴り始めた受話器を取り、そこから営業トークに入ってしまう。

質問を聞いていただろう百花が、積極的にこちらに視線を合わせてきた。



なんでお前がこっちを見るんだよ。

あの顔……どうせくだらないことだろうが、言わせないとうるさそうだし、

仕方が無い、一応、聞いてみるか。



「百花は、どう思う」

「エ? 私が言ってもいいのですか?」

「あぁ、いいよ」



よく言うよ、言う気満々にしか見えない。



「自分たちの仕事で、世の中の企業がうまい宣伝方法を得る。
つまり、商売が円滑に動く。そして、売り上げがあがり、給料があがり、
みんなの生活が豊かになる。豊かになれば不満も減り、
最終的には世界が平和になる……って、どうでしょうか。かっこよくないですか」


『ヴォルクスタワー』で『世界平和』を語るのか、あまりにもウソくさい。


「あぁ、うん。わかった。美容室の予約が取れたからさ、ちょっと出てくる」


こういうときは、街をふらふらするのが一番いい気がした。

答えを出そうと言うのではなくて、頭の切り替え。財布を持ち外に向かう。


そういえば、『クローバー』。

あの『マルプー』がいなくなった後、新しいメンバーは入っただろうか。

予約時間まであと少しあるから、ふらっと前でも通ってみよう。

エレベーターで1階まで降りると、そのまま外に出る。

街路樹はあまり動いていないし、結構、日差しが強い。

空調が整っている場所にばかりいるから、あまり感じていなかったが、

季節は確実に夏に向かっている。



『クローバー』



ん? あれは……

ケージをじっと見ているのは、『マルプー』ではなく、尾崎さん。

間違っては困るので、声をかけずに近寄るが、もしそうなら話が出来ると思うと、

自然と歩みは速くなる。


「尾崎さん」


まだたどり着いていないのに、完全に言葉だけが先に出てしまった。


「あ……おはようございます」


おはよう……

あ、そうか、まだそれほど経っていない。

そうだ、彼女、何か届け物をしにいったと。


「もう、届け物は終わったの?」

「エ……どうして知っているのですか」

「あ、うん」


そうだよな、なんで仕事の内容を知っているのかと驚かれるよな、普通。

ストーカーと思われるぞ、これ。


「うちの経理が、編集部からアンケートの封筒を持ってきて、そのとき、
尾崎さんがちょうどどこかに出かけるって話をしていたと……」


そう、あくまでも聞いた情報だということを強調する。


「あ、そうでした、百花さんに会いましたね……私」


思い出しましたという意味だろう、彼女は両手を軽く『ポン』と合わせる。


「もう届けてきました。ご近所なんです、デザイナーさん。
そこに以前、ここにいた『マルプー』がいて……」



『マルプー』



「あ……この上の左から2番目のケージにいた」

「はい。村井さんも知ってますか?」

「あぁ。時々見ていて……で、誰かが買ったと聞いたから」

「そうなんです。『東京タウンタウン』の誌面デザイナーさんが買われたようです。
私も、思いがけない再会に感動したというか……。あ、再会って、この場所に立って、
いつも勝手に見ていただけですけど」


尾崎さんもあの『マルプー』に興味を持っていた。

またもや、なんたる偶然。


「丸い目がとってもかわいくて、すごく愛らしくて……」

「はい。あなたによく似ています」

「エ……」


『共有出来ている』という心の余裕からなのか、

似ていると、ずっと思っていたことを言ってしまった。

つぶらな目、素直そうな表情。

やたらにアピールなどしない、品の良さ。

俺はどこの血統書付きの犬よりも、『最上級にかわいい』と思っている。




そう、どんなに着飾って化粧をする女よりも……あなたの方が……




「私……似てますか? 犬に……」

「はい……あ、犬にと言うより、あの『マルプー』に……」


そう、一般的な『犬』に似ているわけではない。

鼻もとんがっていないし、耳もたれたりはしていない。

あの『愛らしくて、かわいらしい犬』に似ているのだから。


「そっか、犬か……」




ん?




「私、初めてです、犬に似ていると言われたのは」




あれ?

尾崎さんの表情が、少し曇ってしまった。

犬……いや、犬ではない。あの『マルプー』に似ている。



あの白い『マルプー』限定なのですが。



それも、まずかっただろうか。

素直に言ってみたけれど、『女性を褒めたことがない』から、

的を得たのか、外れたのかわからない。


「あの……」


犬より、猫の方がいいですか?


【5-4】



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