5 最高の褒め言葉 【5-5】


【5-5】


美容室に向かい、『日々、心がけていること』を考えるつもりが、

全然、違うことに気持ちを持って行かれてしまった。

彼女が頑張っている『東京タウンタウン』は25階と26階。

25階で何気なくエレベーターを降りてみる。

今まで、興味が無いし、縁がないと思っていたので、降りたことなどないが、

『アチーブ』がある32階とは違って、フロア全てを利用しているようだった。

色々な人が動いていて……


「村井君!」


聞き覚えがあるけれど、聞きたくない声。

振り返ってみてみると、そこに立っていたのは、『三島建設』のタヌキだった。





「あはは……笑えるな、それ」

「笑える話ではない」

「いや、笑った方がいいだろうが」


この間の険悪な空気が、長く続くのはよくないからと、

大吾が企画しての、3人の飲み会。

つまみは『カプレーゼ』や『アヒージョ』など、ワインにあいそうなものが並ぶ。


「結果的には、自分が目をかけている『東京タウンタウン』の取材を
お前が受けるのだから、『三島建設』のタヌキもご機嫌になれて、あれこれ成功だろう」

「別に、タヌキのことを考えたわけではないよ」

「それはそうだろうけれど」



『10年……』



「10年、その『夢』のために彼女は時間を費やしてきた。
それを聞いたら、足が25階で降りてしまって……」

「うん」

「何か自分に出来ることなら、役にたってやりたいなと思う。
お前にはこの間、辞めろと言われたけれど、今のところ、辞める理由があるとは思えない、
だから辞める気は無い」


そう、辞める気などない。俺は、自分にないものを彼女に見つけた。

その『一生懸命』さを、応援したい。


「もう……言わないよ、湊」


そう言った瑛士の表情は、前回までとは違っている。

どこか振り切ったような、少し寂しげな……


「この間のことは、俺なりに、お前のことを考えて言ったつもりだった。
色々なところで楽が出来る分、不自由なところももちろんあるのが人生だと、
俺はそう信じてきたからね。でも、もう、お前には言わない」


瑛士はグラスを持つと、一口酒を飲む。

今日は酒もそれほど進まないし、急に遠くを見るようなこともあって。

何かあったのだろうか。


「何か、あったのか」

「何か?」

「あぁ……」

「まぁ、あったといえばあったかな。この間、親父が会わせたい人がいると言い出した。
お袋の学生時代からの友達の娘で、家は結構名の知れた不動産会社だ。
駐車場をいくつも持っている。地元の結びつきが強い一家で、幼稚園の経営、
さらにいくつもの店に土地を貸している」


瑛士は、グラスをテーブルに置く。


「まぁ、30も越えたから、そういうことも考え始めろということだろう」



そういうこと……



「親父もすぐにと決めたいわけではないけれど、気ままな時間には終わりがあるぞと、
釘を刺された気分だった」


『気ままな時間』という言葉の中に、

瑛士は『まりか』というホステスのことを考えているのだろう。

前にも、将来を一緒に歩く人ではないと、

割り切っているようなことを言っていたけれど、今日の態度はそれとは正反対だ。


「最初はさ、相手が決まっても、『まりか』は『まりか』だなと思っていたんだ。
あいつも、それはそれでしょうなんて、わかったようなことを言っていたし」


売り上げをあげてくれる上客と、ホステスという立場。


「でも、近頃、それは違うような気がしてきた。俺が年齢を重ねるように、
あいつも年を取る。何年経っても変わらない、アニメの主人公ではないからね。
俺にとってあいつは……それだけじゃなかったからさ。
どこかに歩き出そうと決めるのなら、閉ざすところはきちんとしないとな」


男女の関係から、客とホステスだけの関係に戻る。

いや、もう店にさえ顔を出さないようにしようと、思っているのかもしれない。

瑛士の決断をズルイと思うのか、潔いと思うのか、それは人それぞれだと思うが。

でも、話の中で、ふと、知夏のことを考えた。

俺は……



このままでいいのだろうか。



「お前のやっていることはと否定しながらも、心の奥底では、
そんな勇気を持とうとすることを、うらやましいと思うのかもしれない。
うちは親父とお袋も見合い結婚だし、従兄弟もほとんどそうなっている」


時代が移り変わっても、ずっと金持ちとして過ごしてきた宿命のようなものなのか。

大吾は黙ったまま、瑛士の酒を作り直している。


「恋愛と結婚は別だと、そう思う人たちに囲まれているからね。
それで失敗しているのかと言えば、そうでもないし」


『見合い』や『紹介』も出会いの一つだと言えば、そうなるだろう。


「ただ、本当にキツイと思うぞ。湊の考えていることは。それだけは言っておく」

「お前が思っているような、感情はないよ」

「ウソ言うな」


瑛士は俺たちは男なんだからと、笑い出す。

『男と女』か。

性別が分かれている以上、尾崎さんに対する思いも、同じ場所に収まるのだろうか。

今はまだ、その文字に浮かぶのは知夏の姿だけれど。



知夏との関係も、どこかで考えないとならないのかもしれない。

今年と来年は、同じように見えても同じではないのだから。



その日は静かな時間が多い飲み会で、その分、量は進んだ。


【6-1】




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