6 恋するお弁当 ① 【6-5】


【6-5】


次の日の昼、お弁当を入れてくれたタッパの回収に、尾崎さんが現れた。

百花に話してあったため、もちろん中に通してもらう。


「どうぞ」

「すみません」


ソファーに座ってもらい、まずはしっかりとお礼を言う。


「お弁当、ありがとうございました。昨日は、みんなでいただきました。
本当に美味しかったです」

「本当ですか? ありがとうございます」


彼女の声に、社員達からも『本当に美味しかったですよ』と感想が入る。


「いえいえ、こちらこそ」


尾崎さんは立ち上がり、『ありがとうございます』と再び頭を下げる。


「よく考えてみたら、ずうずうしかったかなと」

「どうしてですか」

「いきなりあれだけの量持ってきて、食べてくださいだなんて、嫌でも断れませんよね」


尾崎さんは『それでも自信になります』と嬉しそうな顔をする。


「ありがとうございました」


彼女は、あらためて俺にも頭を下げてくれた。

俺の方こそ、『食』というものに対して、考え方が少し変わったというか……

尾崎さんが座り直したのを確認し、俺は用意していた封筒を出す。

テーブルに置くと、そっと彼女の方に滑らせた。


「あの……」

「これから開店するのにあたり、色々とかかると思いますし。
お弁当の代金だと思って受け取ってください」


そう、あの『チョコレートの塊』のように、味に関して知識はありませんが、

もっと広い意味で、あなたの役に立てる。


「代金……いえ、それは……」


尾崎さんはそこまでの嬉しそうな表情を一変させ、困ったような顔をする。

まぁ、最初はそうだろう。

いきなり『どうも』と受け取らない、そういう予想はできている。


「大丈夫ですよ、そんなふうに構えないで。代金がダメなら、応援資金です。
本当にたいした金額ではないですし。何か必要なものを……」

「困ります」


今、困ると言ったのか。

もうそろそろ、『そうですか』と受け取って欲しいけれど。


「こんなこと、困りますから」


二度目の『困る』。

尾崎さんは封筒の中身を見ないまま、俺の方に押し返してきた。

どうして押し返すんだ。

あの弁当には、材料費もかかっているし、光熱費もかかっている。

あなたがしてくれたことに対する、正当な評価だ。

ただ、お金を出すと言ったわけではないのに。


「だから、そんなふうに……」

「昨日のお弁当はお礼です。お金をいただくつもりはありません。
おかずの種類も自分で勝手に……」

「それはわかっています、だからこそ、俺も……。いや、代金でなくても……」


彼女は、言葉の途中で何度も首を振った。

これは、遠慮のやりとりという、儀式的なものではない気がしてくる。

そして尾崎さんは、いきなり立ち上がった。


「申し訳ありませんでした。私が勝手にしたことで、逆にご迷惑をおかけして。
こんなふうに気を遣わせてしまって。でも、受け取れません。
すみません、これで失礼します」

「あ、尾崎さん……」


ちょっと待て。どうしてこんなふうになる。

頭に描いていた光景と、180度違っているじゃないか。

俺は、テーブルの上の封筒をつかみ、すぐに追いかけた。

何か見返りを欲しいなど考えてもいない。ただ、受け取ればいい。

『あなたの役に立ちたい』それだけだ。

尾崎さんとの歩幅の違いは歴然で、すぐに追いつき、腕をつかむ。


「待ってくれ。何がおかしいんだ。いや、おかしなことはない。
受け取ってもらわないと、俺も……」

「いえ」


受け取らない。

どうしてなんだ。


「何に使ってくれてもいい。金額は10万しか入っていない。
弁当を作るまでだって、お金が……」



目……

彼女の目が、辛そうに潤んでいて……



痛い……



どうした、急に心臓が痛くなるなんて。

ギューッと捕まれたような、絞られているような、そんな……



「10万……」

「あぁ……」


そうだ、だからそこまで。


「そんな高価な金額受け取れません。すみません、手を離してください」


『高価な金額』

どうしてこうなるのか、尾崎さんから『悲しみ』の色しか見えない表情に、

言われるまま離すしかなく。


「金額が、おかしいと言うこと?」


尾崎さんは、そこから言葉が出ないまま、

何度も首を振り『ごめんなさい』を繰り返した。

そんな辛そうな顔をしないでくれ、役に立ちたいから、助けたいから、

受け取ってもらいたいだけだ。

謝られても、何も……


「本当に……ごめんなさい、失礼します」


尾崎さんの声は、震えていた。

視線は上がらないままで、苦しそうな声を出されてしまい、

これ以上、何かを言ったりするのは無理だと判断する。

エレベーターを待たずに、彼女は階段を選択し降りていってしまった。

1秒でも速く、ここから逃げ出したいという意思の現れ。



遅れて到着したエレベーターの扉が開く。

降りてくる人もいなければ、乗る人もいない。



ここにいるのは、何が悪かったのかわからないままの俺だけ。



弁当の代金だとすれば、素直に受け取ってもらえると思っていた。

商売をするのだから、いや、あのお弁当が本当に美味しかったから、

だから、これからのために何かと思っただけなのに……



どうしてあんなふうに辛い顔をする。

『ごめんなさい』なんて言葉を、聞きたくなかった。

おかしいことをしたのは、俺なのか。



瑛士と出かけた店の女性達も、高い金額のお酒を入れたら嬉しいと喜ぶし、

知夏も、イヤリングや靴など、欲しいものはいくらでもあると言っていた。



そうだ、今までの付き合いの中で、お金を出して嫌がられたことなどない。

『ありがとう』って受け取ってくれたら、ただそれだけで……





それだけで済むこと……





ではないのか……





「湊さん……」


俺が飛び出したことに驚いた大吾が、会社の入り口に立っている。

その横を通り過ぎ、ソファーに座った。


「尾崎さん、タッパ忘れていきましたよ」


百花の声。

彼女が座っていたソファーの横にある、空のタッパ。

本来すべきことを忘れるほど、ショックだったというのか。



『ごめんなさい……』



「何をしようとしたんですか」


あらためて大吾にそう言われ、俺は封筒をテーブルに置く。

大吾は中身を見て、『これを?』と声に出した。


【7-1】




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