【7-1】
『10万円』入りの封筒に対して、明らかに不満そうな大吾の顔。
なんだ、こっちは『金額が低い』と言いたいのか。
「その顔は、足りないと言うことか」
「違いますよ。あり得ないくらい高いです」
『高い』?
「高いですよ、そもそもなぜ10万なのですか」
大吾は、彼女が座っていた場所に座る。
「なぜって……」
「はい」
「高浜屋の聚楽邸弁当はいくらだ」
「5000円ですが……」
「だろ、前に食べたことがあったはずだ。うちの人数は12名。
かけたら6万。それに……消費税だと思って、お金を足しただけだ」
「消費税?」
「だから、区切りのいい金額にすれば、何か開店準備にと……」
あぁ、もう、どっちでもいい。
大吾から漏れた大きなため息に、俺はあえて胸を張って見せた。
「手作り弁当のお礼に10万円。それは、湊さんの感覚で考えることです」
「いや、だから……」
「だからじゃないですよ。尾崎さんにしたら、今の俺と同じように、
なぜ10万なのか驚いたと言うことです。手作り弁当に10万なんて考えません、
何かあるのかと、誰だって構えますよ」
大吾は、彼女が作る弁当は、そんな金額ではないだろうと言い始める。
しかし、俺にとっては『特上』のさらに倍くらいの価値も味もあったわけで。
「なら、松花堂弁当くらいにすればよかったのか」
あれは確か3000円。
そうか、まだ開店前だ、練習を兼ねてと言うことなら、
そっち路線でいけばよかったのか。園田がこの間、妙なことを言い出すから、
つい……少し対抗意識が……
「いえ、そういうことではないですよ。食べたことないですか、コンビニの弁当とか」
「……ない」
そう、そもそも外で弁当を買おうと思ったことがない。
PC前から離れ、食事の時くらい全然違う景色を楽しみたい。
どうして仕事と同じ場所で、食事まで済ませないとならないんだ。
「尾崎さんの『お弁当』という意識は、もっとリーズナブルなはずです。
コンビニ弁当と同等くらいの……そうですね、高くて600円とか、700円とか……」
600に700?
「おい、その値段で、いくつ作るつもりだ」
コンビニ弁当がそれくらいの値段で済むのは、全国にチェーン店を持ち、
工場で大量生産するからだ。おかずを全て自分で作るとなったら……
「ひとりでしょうから、100も作れるのかどうか」
700円だとしても、100で7万。
そこから材料費もあるし、光熱費もかかる。
店の中を借りるのだって、タダではないだろう。
「そんな金額で……」
「彼女の生活はそういうものだと、瑛士さんに言われてましたよね、湊さん」
コンビニの弁当を美味しいと思い、1500円の時給で文句も言わず、
生活していくという話。
「価値観を押しつけたらダメですよ。尾崎さんが困るだけです」
価値観の押しつけ。
俺のしたことは、そんなことなのだろうか。
「押しつけたわけじゃない。ただ……」
出来るのだから、出来ることをしてあげたいと思っただけだ。
違うと言った大吾も、辞めろと言った瑛士も、細かい彼女の事情など知らない。
尾崎さんは今、弁当の店を出すために、仕事を辞めている。
それでも日々お金はかかる。お金があって、邪魔なことはないはずだ。
俺がしていることは、彼女に押しつけることなのか。
「仕事を始める、材料費もかかる。だから……」
1を10にしてはダメだと、瑛士に言われた。
言い返したいのに、言い返せないような状態、さすがに言葉が出なくなる。
それなら、どうすればよかったんだ。
俺は別に……
この金額で彼女を縛るつもりなど、何もないのに。
そんなふうに思われたのなら……
「これ……下にいると思うので返してきますね」
百花は『東京タウンタウン』にいる尾崎さんに、タッパを返しに行くため、
『アチーブ』を出ていった。
『アズミルク』
飲むつもりで開けたのに、全然進まない。
10万円が失敗だと言うのなら、園田のように、彼女に対して味を見るなど言えない俺は、
どうすればよかったのか、誰か正解を教えてくれ……
「社長、これ」
戻ってきた百花から渡される、1枚のメモ。
「尾崎さんからです。先ほどは取り乱してすみませんでしたって」
『きちんとお話も聞かずにすみません。
お気持ちはとても嬉しかったので、それだけ受け取ります。
また、お弁当のお店が始まったら、ぜひ、買いに来てください』
「谷本編集長に謝られました」
「編集長に?」
「はい。取材の後、編集長が尾崎さんをからかったそうです。
社長が、尾崎さんの起業に興味を持ってくれているし、
応援してくれる気持ちもあるみたいだから、
思い切って、お店を出したいと言ってみたらどうだ……なんて言って」
百花の話だと、谷本さんが店先を借りるようなまどろっこしいことをしないで、
俺にスポンサーになってもらったらどうだと、彼女をからかったらしく。
「尾崎さんは、そんなことは失礼だからとすぐ否定したそうですが、
でも、ここへ来たら社長がお金を出してきたので、その話と色々、
ごちゃごちゃになったみたいですよ」
尾崎さんは、自分がお弁当を作ったことで、
逆に俺がお金を出さなければならなくなったのではないかと、気にしたという。
「社長はそんな人ではないですよと、話をして……。尾崎さん、頷いてました。
真面目なんですね」
百花の言葉を、聞き終えるか終えないかくらいのタイミングで、
俺は会社を飛び出した。尾崎さんに直接言いたい。
お金がどうのこうのではないことを。
今まではこうだった。
そう、お金をかけておけば、そこに心があろうがなかろうがそれなりに……
でも、あなたが求めるものが違うのなら……それを教えて欲しい。
俺はただ……
ただ、純粋に、あなたの『夢』の役に立ちたい。
エレベーターを待ち、たいした意味はないとわかりながらもボタンを連打した。
【7-2】
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