【7-3】
「笑うな、そんなに」
「いやいや、笑えるぞお前。全くもう、女を追いかけるとか、気を引こうとか、
お前にしては慣れていないことをしようとするから、おかしくなるんだよ」
「気を引くとかじゃない。俺は純粋に、何か役に立てばと思っただけだ。
彼女は編集部で雑用をしている間、ビルの掃除を辞めたから、収入がないし……」
「あぁ、はいはい。そういうことか。ようは、彼女と園田の過去のつながりに、
ライバル心が目覚めて、で、自分もと。その金額を弁当代だと言われたら、
確かに構えるよ、普通」
『過去のつながり』
確かに、そこは大きかったかもしれない。
このままだと、何がまずいのかわからないが、まずいというような……
「あぁ、そんなつもりはなかった……と、すごく辛そうな顔をされた」
「ふーん」
「弁当代として払えば受け取りやすいと思った。
開店の準備をすれば予想外に出費もある。何かに使ってくれたらと、そう……」
彼女のための行動だった。
こっちの行動に向こうが驚き、でも、それも申し訳ないと謝られ、
結果的には、プラスマイナスゼロのような状態。
「そうか、お金、受け取らないのか。真面目な人なんだな、本当に。
ちょっと知り合いが何かをするとなったら、まぁ、俺もそれくらいは出すけど」
瑛士の言葉に、そこは素直に頷く。
「どんなことを言ってもきっと、受け取らないんだろうな」
近いし、楽になるよと手を差し伸べられても、彼女はそれを握らない。
自分の脚で、1歩ずつ進み確認することを望んでいる。
「あぁ……だから、『七王子バンク』のことも、自分からは言わないことにした。
でも、彼女が何かして欲しいと頼みやすいように、扉だけは開いておくつもりだ。
お金もダメ、先回りして手を出すのもダメらしいから」
『クローバー』の前で、雑談をしたように。
この人なら話が出来ると思ってもらえることが、今は必要な気がして。
「湊……」
「ん?」
瑛士は俺に話しかけたくせに、自分のグラスをじっと見ている。
「お前をそこまでにする人は、どんな人なんだろうな」
瑛士のどこか寂しそうな顔を見ながら、俺も自分のグラスを取る。
「商売始まったら教えてくれ。俺も買ってみたい」
「あぁ……」
大吾は自分の酒を作りながら、どんなメニューになりますかねと笑った。
尾崎さんの望むこと。
仕事をしながら、そんなことを考えていると、紗弓さんと約束をした土曜日がやってきた。
実家に戻ると、親父も参加することがわかる。
「そうか、紗弓さんが」
「まぁ、一度くらい出ておいてもいいかなと思って」
『七王子バンク』
俺にとって意味があるのはそこだけだ。
あとは仁坂家と地元の農家がどうタッグを組もうが、あまり興味はない。
「なんだか、お父さんの思惑通りに湊が動いている気がするけれど」
先日の続きだろうか、不機嫌なお袋の顔。
「紗弓さんのやろうとしていることに、湊が賛同しているだけだろう。
あれこれあるように言うな」
「お父さんが嬉しそうなのが、腹立たしいのよ」
揉めそうな両親は置いたままにして、俺は一足先に、会場へバイクを走らせる。
このあたりで一番大きな学校の体育館で、その会合は行われるらしく、
すでに色々な情報で、仁坂先生の登場を知る地元の人たちが、
少しでもいい席に座ろうとしているように見えた。
「あ……こっち、こっち、ほら若菜」
若菜……
名前に振り向くと、両肩に荷物を運ぶ、尾崎さんがいた。
その前に立つ女性は、知り合いがいたのか、急に立ち話をし始める。
「あら、どうも」
持っているあの荷物、何が入っているのかわからないが、そうとう重く見える。
「村井さん」
紗弓さんは、仁坂隆三よりも先に会場入りしていた。
「園田さんもいらしてますし、他にも……」
「すみません、後から行きます」
声をかけてくれた紗弓さんにそれだけを告げ、走り出す。
両肩に荷物を乗せた尾崎さんを、放っていくことなど出来ない。
「尾崎さん」
「あ……村井さん、こんにちは」
立ち止まって、頭を下げてくれていると思える彼女。
でも頭はあまり下がらない。それはそうだろう、荷物が見るからにキツそうだ。
「持つよ、それ」
「いえ、大丈夫ですよ、重いですし」
そうだ、重い。それはわかっている。だから持つつもりになっている。
「いいから」
片方を受け取ると、予想以上の重さがあった。
中身はかぼちゃだのじゃがいもだの、色々入っていて。
「これ、どこに」
「あの奥に……」
「あ、若菜、何しているの。さっさと運んでよ。こっち」
「はい」
どうして、そんなに身軽な状態でものが言える。
「あの人は……」
「叔母です」
叔母……
「今度、『ファームステーション』に、
花角のものも、出品させてもらうことになったみたいで。
で、今日は味見をしていただこうと」
あの女性が、叔母さんか。
確か、地元の農家に嫁いで、お父さんの妹と言っていた……
「ほら、若菜、早くこっち」
手でこっちこっちと合図をしてくるけれど、何をせかしているんだ。
両手が空いているのだから、そんなに急ぐのなら、自分で運べばいいだろう。
「貸して」
「あ……」
もう片方の荷物も、俺が持つ。
たったこれだけの時間の中で、彼女が『七王子』でどう過ごしてきたのか、
いや、今も、過ごしているのかがわかった気がした。
両肩にかかる荷物の重み。
男の俺でさえ、『重い』と思うのに。
「あら……」
荷物を届けると、明らかに『あなたは誰』という顔をされた。
別にあなたに名乗ろうとも思いませんけど。
「こちらでいいですか」
彼女の叔母さんは、尾崎さんに『人に持たせて何しているの』と文句を言い始めた。
【7-4】
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