7 恋するお弁当 ② 【7-4】


【7-4】


「持つと言ったのは、俺です」

「いえいえ、余計なことをしないでください。そんなふうにされると、
なんだか私が命令したように見えませんか」



いえいえ、そちらこそ何をおっしゃっているのでしょう。

気にしなければならないのは、そこではないはずですが。



「叔母さん。こちら、村井さん。私、『赤坂井』の方で少しお世話になって……」

「村井?」

「余計なことかもしれませんが、
何か台車でも借りて運んだ方がいいと思いますよ。
これを両肩に持って歩けというのでは、腰がおかしくなります」


何を言うのかという、怪訝そうな表情。

どこかから『花角さん』とその女性に声がかかり、こっちの問いには答えないまま、

向こうと挨拶をし始めた。

それにしても、彼女の叔母さん。

周りの反応を見ているが、挨拶をされていることが多い。

となると、それなりに大きな農家なのだろう。


「尾崎さん、この間はすみませんでした。あなたの気持ちも考えず」

「いえ、私の方こそ、慌てて飛び出してしまって」

「いえ……ただ……」

「村井さん? あなた今、村井さんと言われましたよね」


いきなり戻って来なくていいだろうが。

俺を無視して、あっちと挨拶していたのではなかったのか。


「あの、まさかですけど……もしかしたら、駅前のマンションなどを
結構な数お持ちの、あの村井さん?」


『マンション』だの『あの』だの、たとえが気に入らないが、ウソは言えない。


「はい、そうですが」


だから何だと言おうとすると、明らかに叔母さんの顔つきが変わる。


「あら、どうも……すみません、気付きもしないで。若菜、お知り合いなの?」

「『赤坂井』の方で」

「そうですか」


少し前は、『余計なことをわざわざした男』という目で見られたが、一瞬で変わった。

それにしても、よくここまで変わることが出来るなと思えるほど。


「おい、湊……」


遅れて到着した親父から声がかかった。

もう少し尾崎さんと話しをしたいところだが、

さらに仁坂隆三が、黒塗りの車で、姿を見せてしまう。

会場の全てが、彼に向かって動き出し、

俺と尾崎さんの立つ間にも、人の列が出来てしまう。

尾崎さんは頭を下げてくれた後、すぐに人混みの中に消えてしまった。





あらためて紗弓さんのいる場所に戻ると、そこには数名の参加者がいた。

挨拶は後ほどと言われ、仁坂氏が公演する会場に戻ると、

地元の農家の人、商売をする人などが、大きな拍手で先生を出迎えている。

良くも悪くも、この町は『仁坂』を中心に回っている。

今まで、こんな集まりに顔を出したことなどなかったから、知らなかった。

尾崎さんは、どこに座っているのか。

立ち上がり、手を握ったりする女性達の姿が見えるばかりで、

どこにいるのか、さっぱりわからない。


「それではみなさん、お時間になりました。
仁坂先生のお話を、聞かせていただきましょう」


しばらく、地方が目指す生き残り術という話しを聞いていたが、

動けないことがストレスになり、一人会場を出る。

体育館の反対側にまわり、あらためて尾崎さんの姿を探すと、

会場の隅で、持ってきた野菜を、小さな袋にそれぞれ詰めていた。


「尾崎さん……」


彼女が、声に顔を上げてくれる。


「仁坂先生の話を聞きに来たのでは?」

「いいえ、それが目的で来たわけではないですから」


そうか、今頃拍手して声を出しているのは、あの叔母さんだろう。

つまり、彼女は『荷物持ち』だったと……


「これ、持ってきた野菜?」

「はい。仁坂先生や、今日、来賓でいらしている方々に……
あ、村井さんも持って帰ってくださいね、後から配られると思うので」


尾崎さんは、叔母さんが、来賓客の人数を素早く調べ、

だいたい同じくらいの分量になるよう、分けることを彼女に命令したらしい。


「前に、お弁当の店のこと、反対している叔母さんの話を聞いたけれど、
それ、さっきの人?」

「はい。そうです」


尾崎さんは会場に聞こえないようにと、口の前に指を置く。


「今日も本当は母が手伝う予定でしたが、少し腰を悪くしてしまって。
急遽、私が……」

「いつもこんな感じなのか。君に対しても命令口調のような……」


兄の娘なら、彼女は姪だろう。

仕事の手伝いくらいあることだろうが、荷物の持たせ方、声のかけ方を見ていても、

そこには主従関係しかないように見えた。


「それは叔母の性格もあると思います。悪い人ではないのですが、
思ったことはポンと口に出してしまうから。商売なんて浮かれたことを言っていないで、
さっさと結婚して、親を安心させなさいって。ここへ来る間も、ずっと、怒られてました。
そんなことはいつものことなので、右から左に流してますけど……」


明るく、それほど気にしていないような言い方をするが、俺にはそう見えない。

突然任命された『ゴミあつめ』をしていた日よりも、表情は明らかに暗い。


「父が病気になって、居場所がなくなって。花角の助けがなかったら、
高校も通えなかったかもしれないんです。お世話になっているのは事実ですし……」

「高校も、『七王子』で」

「あ……はい。『71』を……」



『71』



知らない人はこんな言葉を聞いても、わからないだろうが、

『七王子』に暮らしてきた俺には、すぐにわかる数字だった。


「尾崎さん、71出たの?」

「はい……」


『七王子第一高校』

東京都内にいくつかある、名の知れた進学率の高い、公立高校。

地元の人間は名前に出てくる数字をそれぞれ使い、

『71』と親しみを込めて呼んでいる。

でも、確か、高校を卒業してから10年間……と。


「大学には行かなかったのか、71を出て」

「出ただけですから」

「それはないだろう。あの学校なら……」


71なら『桜北』や『慶西』だって、相当な数、受かるはずだ。


「とてもそんな状態ではなかったですし。いろいろあって……」


奨学金や、特別な推薦などもあっただろうに。

なぜなのか、どうしてなのかとさらに聞こうとした、自分の口が開かなくなる。



こんな過去の情報を、必死に聞き出して何になるんだ。

『泣いたこと』を聞き出した時と一緒で、辛くなるのは彼女だ。

『自己満足に走らない』と、決めたばかり。



「よし、出来ました。11名にわけました」


尾崎さんは土のついた手を洗いに行きますと、その場から去ってしまう。

中から拍手が起こり、会が動いたことがわかった。


【7-5】



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