episode6 『百合ちゃんの奏でる愛の詩』

episode6 『百合ちゃんの奏でる愛の詩』

とある土曜日、もうすぐ夏休みも終了し、真っ黒になったじゃがいもどもが

学校に復活する日も近い。体育は宿題をさせるわけではないから、

新学期が始まるからといっても、どこかのんびりムードの俺。


今日は昨日借りてきた、左目の泣きぼくろがかわいい、『R指定の文学作品』を

一人で見ちゃおうかと、DVDを掴む。あぁ、そうそう、この目が色っぽいんだよね。

泣きぼくろちゃんと目があったその瞬間、俺の携帯が鳴り出した。

この弾むような音楽は、間違いなく百合で、俺は慌てて『文学作品』を放り投げる。


「もしもし……」

「あ、杉原先生。ごめんなさい、今、忙しい?」

「ん? いや……部屋の掃除をして、それから心の掃除をしようと……」

「心の掃除?」

「いや……あはは……」


泣きぼくろの彼女が、心なしかこっちを睨んでいるように見えるんですけど。

いや、君がなんと思おうと、二人で密会しようとしたことは、百合には言えません。


「そう、よかった。今から音楽室にきて欲しいの、大事な話があって……」

「ん? 音楽室? 百合、学校にいるの?」

「うん……」


立ち入ることを許されなくなったはずの音楽室に、今からきて欲しい……。

そんな百合の変化に、大事な話がなんだか、急に気になり出す俺。


「大事な話ってなんだよ、電話じゃダメなの?」

「……電話で済ませたくないの。大事な話だって言ってるでしょ」


お付き合いしている俺に、大事な話。

も、もしかして百合ちゃん、俺にプロポーズしちゃおうなんて、しちゃってない?


「わかった、すぐ行くけどさ、なんだか大事な話なんて言われると、構えちゃうな」

「……ごめんね、でも杉原先生に、一番最初に言いたかったから……」

「エ……」




「出来たの……」




おいおい……プロポーズをすっ飛ばして、BABY報告? いや、ちょっと待てよ。

俺、そんなミス……いや、ミスとは言うべきじゃないな。でも……


「出来たって……」

「うん、もう少しハッキリしてから言おうと思ったんだけど、でも、学校が始まるでしょ?
校長先生にも言わないといけないし……それでも、1番は杉原先生に報告したくて」


そうですよ、そりゃそうですよ。俺に言わないで、誰に言うの? 

林先生なんかに発表したら、また妙な対抗心から、女を磨くとかなんとか、

お香のような香水を振りかけて来るじゃないですか。


「とにかく、待ってるから来て。見せたいものもあるの」

「わ……わかった、すぐに行く!」


俺はとりあえず火の元だけ確認し、財布だけつかんで、学校へ急いだ。

自転車を漕ぎながら、百合の言葉が少しずつ現実を帯びていく。


そう言えば、この夏休み。部屋へ呼んでもどこか上の空な時があった。

今考えたら、毎月いらっしゃるものが来なくなって、

百合なりにあれこれ悩んでいたのかも知れない。

あぁ、それなのに俺は、TVを見ながら大笑いしたりして、

百合の心の変化に気付いてやれなかった。



『みせたいもの』



そうか、もうすでに百合はちゃんと、『母子手帳』までもらってきてたのか……。

よし、俺もこれからの日々を、百合と産まれてくる子供のために、気持ち入れて、

気合い入れて頑張らないと……。





駅で電車を待っていると、『ダースベーダー』が鳴りだした。

おふくろめ、本当に勘がいいというか、鼻が利くというか……。


「何?」

「ねぇ、部屋にあった古い本捨ててもいいかい?」

「エ……勝手に捨てるなよ。色々と思い出とかあるんだって」

「あ、そう。じゃぁ、そっちに送るからあんたが決めてよ」

「ん? なんだよ急に。大掃除でも始めるのか?」


受話器の向こうで、待ってましたとばかりのおふくろの鼻息が、耳に怪しく触れる。

おい、笑うなら、しっかり声出せよ。地下に潜む、悪組織の親玉じゃあるまいし。


「我が家に孫が誕生するんですよ!」

「は?」


結婚した長男夫婦に、年末子供が生まれるのだとおふくろは嬉しそうに語り出す。

そうか、そうか、本をどうのこうのは口実で、嬉しいニュースを語りたいだけなんだな。

体格の割には、かわいいところがあるじゃないか……おふくろめ!


「ふーん……」


ぶっとぶなよ。その『孫が嬉しい! アドレナリン』をあと何時間後に、

倍、倍に増やしてやるからな!


「兄さんにおめでとうって、言っておいて」


結局、鼻息の荒いおふくろの話を一方的に聞いて、電話を切った。

言いたくて、言いたくて、こっちも口がもごもごしたけどね、

まずは百合と喜びを分かち合わないと。





いつもの階段を昇り、新婦の……いや、妊婦の待つ音楽室へ急ぐ俺。

百合は静かにピアノを弾いている。小さな窓から、そんな穏やかな姿をじっと見た。


「あ……」


いつもなら怒られちゃうこんなのぞきも、今日の百合ちゃんは天使のおめめ。


「ごめんなさい、急に呼んだりして。
後から考えたら、学校始まってから言えばよかったかもって、ちょっと反省したの」

「何言ってるんだよ。大事なことなんだ。準備もあるし、それに俺の責任だろ」

「責任……でも、そうよね。うん……杉原先生にはここから頑張ってもらわないと
ならないし、こういう話は、早い方がいいものね」

「うん……」


二人で育てていく、新しい命……。

いきなりのことで、ちょっと驚いたけれど、そう、順番は違ってしまったけれど、

でも、そんなことは長い人生の中では、きっとどうでもよくなる話で。


ゆっくり近づき、百合に感謝の気持ちを伝えないと。



まずは……ハグハグ……。



「百合……ありがとう」

「……うん、頑張ってね、体育祭」

「体育祭?」


百合を抱きしめようと開いた両手には、それぞれ別々の紙が手渡された。

『母子手帳』だと思っていた見せたいものって、この楽譜なんでしょうか。


「こっちが赤組、で、こっちが白組。ねぇ、弾いてみるから聞いていて。
おかしいところとか、歌いにくそうなところがあったら、遠慮なく言って欲しいの」

「はぁ……」



ニンプでシンプになるはずの百合は、なぜか俺の前でオンプを弾き始めた。



右手に持たされた赤組のテーマは『火』で、左手に持たされた白組のテーマは『山』らしい。


「なぁ、百合。出来たってこの曲のこと?」

「そうなの。校長先生がね、今年の体育祭は、創立30周年記念でもあるし、
新しい応援の曲を作りたいって相談されて、それでこの夏休み中、ずっとあれこれ考えてたのよ」

「あの……見せたいものって、もしかしてこの楽譜のこと?」

「そうよ、みんな元気に、一生懸命頑張れるように、書いたの」



そうか、そうだったのか。

夏休みのお泊まりデーに、どこか上の空だったのは、体育祭のためだったのか。

なんだろう、体全体の力が、ほわほわと抜けていくのがよくわかる。


「……で、これ聞くの、俺、一番なんだ……」

「うん、校長先生には新学期始まってからだけど、体育祭は杉原先生がリーダーでやる行事だし、
だから一番最初に聞いて欲しかったの」

「ふーん……」


俺の抜けたような返事に、百合は手を止め、不機嫌な顔をする。


「なんだか、杉原先生迷惑そうね……」

「いや、迷惑だなんて、そうじゃないけどさ、俺、出来たっていうから……つい……」

「つい?」

「赤ちゃん……かと……」


その言葉に勢いよく、椅子から立ち上がった百合の目は、妊婦でも新婦でもなく……。



「杉原先生のバカ!」



あと何日かで9月になり、秋も近づいてくるが、俺のほっぺたには、一足早く、

『赤いもみじマーク』が、つけられたのであった。


フレー、フレー、赤組

フレー、フレー、白組


フレー、フレー、すぎはぁらぁ……

はぁ……





杉原、下の名前はいつになったらわかるんだ!……

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コメント

非公開コメント

うふふっこの勘違い。幸せものぉ

ももんたさん、こんばんは。

アンラッキーガール・・・終わったの知らなくて(涙)
今読んできて、やっぱりほのぼの~。
何気ない毎日の中の幸せを感じるわ。

みんなの意見を取り入れて・・・たいへんだったでしょうけど。
読むほうとしてはとっても面白かったぁ。
即興で書くんだものね。すごいなぁ。


いとしのLilyはあちらで読んですっかりファンになったお話です。
杉浦先生の早合点。
生徒に同等に見られてもしょうがないなぁと思いながらそんな先生がたぶん一番人気者。

>杉原、下の名前はいつになったらわかるんだ!……
このフレーズ!好きなの。

こんばんは!!

ブッワー、ハッハハ・・・
杉っぺの先走り妄想はホント笑かしてくれる。

百合ちゃんも勘違いさせるような言い方するんだもん。

杉原先生のパパへの道は(の前にプロポーズだよね)
まだ・・・遠い。。。

負けるな、挫けるな・・・杉っぺ!!


     では、また・・・。e-463

憎めないよな~~

杉っぺ~~~妄想が・・・
私たちの妄想を遥かに上回るぞ!

シンプがニンプでオンプを奏でる。早口言葉か!

こんなことなら左目の泣きぼくろちゃんとイチャイチャしてたかった、ってねプー!(*≧m≦)=3

でもそんな杉っぺが私は好きだ!!♡

拍手コメントさんへ

拍手コメントさん、こんばんは!


毎回爆笑してくださっているとのこと……
それは、とても嬉しいです。
この作品から『笑い』を取ってしまうと、
きっと、何も残らない気がするので。

はい、これからもマイペースに頑張ります。
心の声、ありがとうございました。

あっちもこっちもありがとう

tyatyaさん、こんばんは!


>みんなの意見を取り入れて・・・
 たいへんだったでしょうけど。
 読むほうとしてはとっても面白かったぁ。

アン・ラッキーガール、読んでくれたんですね。
ありがとう!
新しいサークル活動が始まる前に、終わりました。
あっちも、こっちもだと、息が切れそうなので(笑)

そう、意見を知ってから考えるのが、一番大変でした。
先に考えちゃうと、無理な展開を作りそうだったので。
即興って難しいものなんだね……


>いとしのLilyはあちらで読んで
 すっかりファンになったお話です。

ありがとうございます。
悩み多き主人公達が多い、私の作品ですが、
いいでしょ、杉原って。
彼なりに悩みはあるはずだけど、全然なさそうだもん。

下の名前、いつわからせたらいいのかな……
ちゃんと決まってるんですけどね。

負けないぞ! こいつは……

mamanさん、こんばんは!


>百合ちゃんも勘違いさせるような言い方するんだもん。

mamanさん、そうしないと、作品にならないんだもん。
みなさん読みながら、絶対にお前は勘違いしているぞ! って、
笑ってたでしょ?

負けずに、挫けずに、さらに続く……予定です。

掃除というかどうかは疑問

yokanさん、こんばんは!


>百合ちゃんはビアノを弾いてて、
 普段から手首を鍛えているから、
 しなるような手首の力を使って
 思いっきりバシッときたんだろうな~

あはは……
これ読んで、思い切り笑ってしまった。
そうか、そうかも、スナップきいたよ、きっと!


>男性の心の掃除とは、そういうことか(笑)

掃除というかはわからないけど、きっと、こんな姿で
いる男は、多いことでしょう。

でも、杉原だよね

yonyonさん、こんばんは!


>杉っぺ~~~妄想が・・・
 私たちの妄想を遥かに上回るぞ!

そうそう、だんだん妄想力がついてきてるんだよ、この主人公

さて、そろそろ話を進めていかないと、と、思いつつ、
いつもおちゃらけて終わっています。

泣きぼくろちゃんとのイチャイチャは、
またどこかであることでしょう。 (笑)