8 ひらめきの時 【8-2】


【8-2】


散歩を終えて、『ホテルヴォルビ』でランチを食べた後、

午後、自分が載った『東京タウンタウン』を見る。

なんだこの顔。こんな顔だったか……俺は。


「いやぁ……いいじゃないですか。『最先端の仕事は最先端の場所から』ですよ。
田舎のおばあちゃんに送ります私。私の職場だよって」


百花は嬉しそうに情報誌を見ているが、俺はそのまま閉じた。

一度見ればもう十分。そもそもこっちは付録なわけで。

今は素人でもインスタなどで、自己アピールをする世の中らしい。

仕事の依頼でも、『社長のお話』を前面に出してくれと頼むところがいくつかあった。

自分の写真を全世界に発信するなど、考えるだけでかゆくなる。

それよりも、やらなければならないこと……


「社長、仁坂さんですが……」


顔を上げると、入り口に立っていたのは紗弓さんだった。



「すみません、お邪魔して」

「いえ……」


紗弓さんは、先日の『七王子バンク』の会議について、話しに来たのだろう。

言いたいことはわかるが、俺は簡単に意見を変えることはしない。


「この間は、私がうまくまとめられずにすみませんでした」

「いえ、そんなことは」

「園田さんが元々、この話しを盛り上げてくれたようなものなので。
私も譲ってしまうことが多いのですが」

「そうですか」


現場主義の男らしく、やってきたという自負があるからか、口調もきつくなると言う。

まぁ、それは何度か会って、だいたいは想像出来たけれど。


「でも、本当に応援する気持ちはあります。誰でも失敗が怖くて、
小さくなってしまうのは当たり前ですし。だからこそ、一応成功した私たちが、
いけるぞと背中を押したいって」

「俺は別に、彼を否定しているわけではありません。ただ……」


尾崎さんは……


「頑張ろうとする人の思いを、まずは知ってあげること、
こちらから、成功のノウハウを押しつけるようになってしまっては、
下に置かれた気分になるのではと……そう感じただけです」


『七王子バンク』が悪いとか、そういう意味でもない。

今は、手広くやるよりも、『あの人に応えたい』と思うだけ。


「村井さん、園田さんから伺いましたが、
どなたか、具体的に応援したい方がいらっしゃるそうですね。
そういえば前に、『七王子』生まれでなくてもいいのかと、聞かれましたし」

「はい」

「この間の会で、最後に野菜をもらいませんでしたか」

「野菜……あ、はい、花角さんという」

「そうです。その……」



なんて言おうか。

『張りきった叔母さん』というのは、表現がおかしい。



「花角さんと一緒に、若い女性がいませんでしたか。あの……髪の毛は……」

「あ……尾崎さんかしら」

「尾崎さんをご存じですか」

「いえ、あの日に、私、イヤリングを落としたようで。
帰ろうとした車の前に、その尾崎さんが出てきてくれて、拾いましたと……。
えっと、目がぱっちりと丸くて……」



そうです。

愛らしい『マルプー』のような、女性です。



「はい、その彼女だと思います。実は、これから彼女は弁当の商売をするのです。
元々、この『ヴォルクスタワー』が建つ前に、親が『キッチンオザキ』という
洋食屋をしていて。その味を復活させるような……。
まだ、何も始まっていませんが、俺も偶然に彼女を知って、
その夢の実現に、何か出来たらと……」

「そうだったのですか。ちょっとご挨拶をした程度だったので、そこまで私は……」


紗弓さんは、そういう方にはぜひ、と、『七王子バンク』の話しをしようとする。


「それなら、またお会いする機会があれば教えてください。私、慌てていて、
ろくにお礼も言わずに、この間は帰ってしまったので」


紗弓さんの言葉に、一応頷いておく。

イヤリングを拾って、走って届けようとするあたり、どこか彼女らしいと思ってしまう。


「それでは、また」


紗弓さんが出て行った後、窓から見える街に目を向ける。

たくさんの人が動いているこの『赤坂井』で、

尾崎さんは自分の、いや、家族の場所を、もう一度築けるだろうか。





季節は8月も後半に向かう。

『アチーブ』でも、社員達が交代で夏休みを取っていた。

実家から通い、田舎がないと嘆く百花と、休みは少しずらしますと宣言した大吾。

『夏になったからといって、なぜ休む』と思っている俺の3人が、

いつものように仕事を続ける。


「あぁ……田舎に行きたい」


百花は立ち上がり、窓に向かってそう叫ぶ。


「行けばいいだろう、田舎という魅力を持った街が、あちこち温泉を湧かして、
客になる百花を待っているぞ」

「それって、ただの旅行ですよね」

「どこが悪いんだよ、旅行の」


大吾と百花の、かわらないやりとり。

『サルビアコーヒー』の見直しに、さらに紗弓さんの『シルヴィット』関連の仕事。

そして……


「『三島建設』が?」

「はい。新規事業として別荘地限定のホームページも立ち上げて、
連携させたいと、昨日……」

「この間も新規がどうのこうの言っていただろう。
あのタヌキ、いくら資金を持っているんだ」

「さぁ……」

「社長、相手はタヌキですからね、葉っぱでもこう……ドロンと」


ふざけた百花が、両手を構えて、忍者のようなポーズを取る。


「あ、そこか」


百花の45点くらいのギャグにも、とりあえず答えてやる心の余裕。


『新規事業』


となると、予想以上にスケジュールが詰まりそうだな。

やらないとならないこと……これから出てくるのに。

なんだろう、何か予感がして顔を上げると、

尾崎さんがちょうど廊下を歩いているのがわかった。

百花がすぐに扉を開けて、中に通してくれる。


「こんにちは」


今日は『社員の方は少ないですね』と言いながら、彼女はこちらに向かってくる。


「夏休みを取っているので」

「あ……そうですね、そうでした」


なぜ、思いつかなかったのかと、尾崎さんは楽しそうに笑う。

その声と笑顔が見られて、タヌキの仕事も資金繰りも、お金が葉っぱだろうが、

もうどうでもよくなってしまう。


「メニュー持ってきました。自分でこんなふうにしようと思って、写真に撮って。
これから、チラシを作るつもりです」

「チラシ……」

「はい」


尾崎さんはデスクの上に、自分で撮ったお弁当の写真を乗せてくれた。

尾崎さんのお弁当メニュー。

見ているだけで美味しいだろうなと思える雰囲気。

この間作ってもらったものを思い出すような、手作り感満載のものだった。


【8-3】



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