8 ひらめきの時 【8-3】


【8-3】


しかし、この宝石のような弁当を『600円』とは……



「これを、本当に600円で売るつもりなの?」

「はい……ダメでしょうか」

「いや、そういうことではないんだ」


尾崎さんは『それならよかったです』と、さらに写真を並べる。


「おかずを変えて、日替わりのものは作ろうと思っています。
ワンプレートのような、ご飯の上にかけるお弁当のタイプも数種類」


俺は出してもらった写真を手に取り、デスクの横にあるスキャンに入れていく。


「1枚、データを撮っていいですか」

「データ……ですか」

「あ、えっと、これから買いに行かせてもらうとき、
中身がこんな感じかとわかれば、選ぶのに参考に出来るかと」

「あ……はい、そうですね」


と、最初から考えてあった言い訳をつけて……

とりあえず写真のスキャンは成功する。


「そうでした。村井さんが昔の写真を見たいと言っているって、
百花さんからのラインに書いてあって」

「はい」


そう、ここが今日の目的。

『キッチンオザキ』の頃の写真を、持ってきて欲しいと百花にラインしてもらった。

尾崎さんは2枚の写真を貸してくれる。

1枚は、両隣3軒分が映っているもので、もう1枚は、キッチンとカウンター。

顔は映っていないが、おそらく作っている男性の後ろ姿は、お父さんだろう。


「実家にはもっとあると思いますけれど、私の手元にはこれだけでした。
こんな小さな店で」


以前、園田から聞いたように、確かにレンガの外壁になっていた。

入り口もそれほど大きくはないので、中も聞いた通りだろう。


「七五三とか、小学校の入学式とか、いつもお店の前で写真を撮って……」


何をしようとしているのか、まだわからない尾崎さんは、

ただ、俺が昔を知りたいのだと考えているようで、

その当時のことを、楽しそうに話してくれる。

彼女に気づかれないようにPC画面を変えて、話されている内容の中から、

ここはと思うところを、メモ程度に打ち込んでおく。


「尾崎さん、この間、仁坂議員が来た会合の日、
紗弓さんのイヤリングを拾ったそうですね」

「……あ、はい。すごく綺麗なものだったので、すぐにそうだろうなと思って」

「紗弓さんは今、うちに仕事をが頼んでくれているので、この間、その話題になって。
尾崎さんにまた会いたいと言ってましたよ」

「私に……ですか」

「慌てていたので、きちんとお礼も言ってないようなと」

「いえいえ、そんな」


尾崎さんは、ただ拾っただけですからと、自分の行動を普通のことだと謙遜する。

普通のことが、普通に出来ない人も実際多いのです、俺も含めてですが。


「百花……この間のケーキ、尾崎さんに」

「あ、はい。すぐに切ります」

「あ、いえ、いいですよ。百花さん、あの……」

「いただきものなの。今、うちも休みで人数少ないから、ぜひ食べていって」

「いえ……でも」


だったらと尾崎さんは立ち上がり、百花の手伝いに向かう。

そう、これも予想通り。

その間に、彼女が見せてくれた2枚の写真を持ち、すぐにスキャンをした。



メニューの写真、『キッチンオザキ』の写真。

よし、これで材料は全て揃う。



尾崎さんは店の宣伝を『チラシ』で行うつもりだろう。

どれくらいの量を刷って、配るのかはわからないが、正直効率が悪い。

かといって、今やろうとしていることを、先走って提案したら、

彼女のことだ、『大丈夫です』と、この間のように突っぱねかねない。

あくまでも、これは……


「はい、社長」

「うん……」


いただきますと自分の分を持ってきた尾崎さんと一緒に、しばしのティータイム。

心地よい空気感に、ここが職場であることなど、忘れてしまう気がする。


「美味しいですね、これ……あ、『メルク』のですね」



目の前に彼女の優しい笑顔があって、こんな表情を、いつも見ることが出来たら……



「フルーツケーキは、食べたことがありませんでした」



生きていく中で、他に何か必要だろうかと……そう思ってしまう。



「うーん……何が入っているのかな」



料理が好きだと言うだけあって、やはり気になるのは中身と味。

そんな探究心があるところも、彼女らしい。

フォークで切って、それを口に入れる。

何を考えているのか、目が動いて、なぜか鼻も少し動いた。


「あ、そうだ、パッケージ……」


尾崎さんの行動を見ながら、先に食べ終える。

長い間、女性に対して気持ちが動くのは、

男としての感情を解き放ってくれるからだと、そう思っていた。

スタイルがいいとか、唇の形が好みだとか、

こちらを見る視線の奥を、肌を重ねて知ろうとしてしまう感情に、支配されてきた。


しかし……


ただ、向かい合って時が過ぎるだけで、これだけ心が満たされるなんて、

世の中の男と女は、こんなふうに日々を送っているのだろうか。



これが『恋』をすると、言うことなのか。



「そうだ、一つ伺ってもいいですか」

「はい」

「『七王子バンク』のことです」



『七王子バンク』



「あの……園田さんから、うちの実家に連絡があって」

「実家に?」

「はい。最初に父は、『キッチンオザキ』に通ったことがある話しをされて、
とても嬉しそうでした……」



園田のヤツ!

親の方へ先に動くとは、完全なるノーマーク。


【8-4】



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