8 ひらめきの時 【8-4】


【8-4】


「父も母も、私がお弁当のお店をやることは、一応知っていますが、
『七王子バンク』のことは何も知らないのです。で、お金を借りるのかどうなのかと、
心配されまして」


そうだ、あいつは彼女が家族の反対にあっていることを知らない。

しかし、俺が個人的に応援すると宣言したのに、先に声をかけるとは……

しかも実家だぞ、実家。



どうやって番号を調べた。



「どうせお弁当で勝負するのなら、『七王子バンク』でお金を借りて、
キッチンカーを買ったらどうだと……」


キッチンカーか……。昔と違い、今は高層ビルを建てると、防災面を考えて、

それに見合った空間を作らないとならない。

敷地内にギューギュー詰めの建築は、出来ないようになった。

その分、広めの場所が確保出来るようになり、確かに、『ヴォルクスタワー』の下でも、

その場所を生かしてランチを売る車が来ている。


「この事業には、村井さんも関わっているからと、そう言われましたが……」


『知り合いも絡んでいますので』と、安心させようとするところは、

良く出来た詐欺のようじゃないか。

この間は帰ったはず。参加するとも言っていない。

いや、むしろ、この間の雰囲気からすると、俺は降りたと思うのが普通だろう。

どうしてそこで俺の名前を……


「正直、参加は迷っています。お話は聞きましたが、俺自身、参加を決めていません」

「そうですか……」


『七王子バンク』なんてどうでもよくて、

あなたの役に立ちたいという思いは、常に持っているので。


「確かに、キッチンカーがあれば、移動も楽ですね。ただ、車を持つ経費はかかりますが」

「そうなんです。免許はありますが、自分の住むアパートを借りて、
さらに駐車場となると、負担も大きいですし。正直、成功するとも限りません」

「……はい」


冷静に考えればその通りだ。


「頑張ろうと思う人たちを助けたいというお気持ちは、本当にありがたいです。
でも、私は小さくても今の状態でスタートして、そこから1歩ずつと、
そう思っているので」


『1歩ずつ』

彼女ならそうだろうなと思いながら、頷いていく。


「いいと思いますよ、それで。あなたのやりたいことだ、
尾崎さんが納得する形で、始めたらいい」



無理に『七王子バンク』を利用しろというのは、おかしな話しだ。

ざまぁみろ、園田。

お前のやったことは、勇み足だ。



「お店のスタートは、いつ頃になりそうですか」

「なんとか9月頭からと思っています。これから毎日、時間配分を考えて、
細かいものなども準備しないとならないですし。でも、『ゆきこ』の女将さん、
友紀子さんがすごくいい方で、冷蔵庫も貸していただけました。
コロッケとかは、ある程度作り置きして、『ゆきこ』でも出していただこうかと」


『ゆきこ』を経営する女将さんは、半分趣味で続けている店だと言っているらしく、

尾崎さんの『夢』に対して、協力的だと言う。


「仕入れの業者さんにもお話を通してもらって、一緒のところに……」


尾崎さんは、周りの方がみなさんいい人だからと、最後の一口を食べた後話すが、

俺からしたら、それはあなたがいい人だからだと、そう返したくなった。


「正式に決まったら……チラシも完成したらお持ちします」

「お待ちしてます」

「はい」



『はい』



なんてキレのある、すがすがしい『はい』なんだ。

こんな『はい』……うちのどの社員からも出たことがないぞ。


「お邪魔しました」


名残惜しいティータイムを終え、大吾と百花に頭を下げて、

尾崎さんは『アチーブ』を出て行く。

彼女の姿が見えなくなってから、俺はPC画面に材料を全て取り込んだ。





『なちゅあ』



尾崎さんのお店の名前は『なちゅあ』。

まずは、資料を裏付ける証拠の写真を探していこう。

仕事の納期を考えると、ほとんど昼間は動けない。

やはり、その後、プライベートの時間を使って、じっくり取り組まないと。


携帯電話を開くと、知夏からのメッセージが入っている。

内容は、今日か明日にでも会いたいというものだった。


知夏か……


今までなら、身体の芯からその時を求めるような気持ちが沸き起こるのに、

俺の心の中には、そんな感情は全く出てこなかった。



『少し忙しい、9月いっぱいは会えないと思う』



何も返信をしないわけにはいかないので、知夏にはそうメッセージを送った。

ゼロから立ち上げる以上、これから1ヶ月くらいの間、

仕事以外の時間は、ほぼ費やさないとならない。

いくら彼女が10年、この夢のために頑張ってきたとはいえ、

スタートで失敗してしまうと、それを取り返すのは難しいはず。

しかも、すでにこの場所を離れて相当経っているし、

今現在、力になれる実力者も、もちろんいないだろう。

だとすると、『キッチンオザキ』を知る人、知らない人、

さらに『赤坂井』に色々な意味で興味を持つ人、全てを取り込まないとならない。



『東京地域活性観光部門』



『ヴォルクスタワー』の6、7階には、都の観光事務局が入っている。

東京都全体を見る部もあるが、『赤坂井』という、昔からの伝統と、

新しいものが融合する街を宣伝する仕事も、当然ながら存在した。

俺は、そこに絞ることにする。

『キッチンオザキ』の資料が、まず間違いないこと、

彼女の話の裏を取るために、空いている時間を使って、資料を読みに行く。

こういうとき、同じビルの中に資料があるというのはとても助かる。

普段の仕事なら、こういった下調べをするものと、

写真などをレイアウトする協力会社、さらにデータをくみ上げる担当など、

それぞれで役割分担するのだが、今回は仕事では無いため、

社員にも、企業にも何も振ることが出来ない。


「お疲れ様です」

「おぉ……」


家で仕事をすることも出来るが、さすがに機材はこの社内の方が揃っている。

社員達が帰った後からが……


「湊さん」

「ん?」

「何しているんですか、ここのところ、毎日」


大吾の指摘が入り、手を止めて顔を見た。


【8-5】



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