9 関わらない日々 【9-2】


【9-2】


「ここが直しのポイントですね」

「だとすると……」

「社長!」


午後の仕事中、百花の叫びに近い声。


「どうした」

「まずいです、まずい」


百花は、デスクの上に乗っている弁当をキッチンの方へ運び、

隠すようなダンボールはないかと慌て出す。


「どうした」

「今コンビニに行こうとして。見たら、エレベーターから若菜さんが降りてきて。
慌てて戻ってきました。もしかしたら、気づいているのかも、あ、早く、早く」

「気づく?」

「だから、サクラにですよ。だってどうして今、来ます?」


百花は、重ねてあった弁当を全て入り口から見えないキッチンへ運ぶ。

大吾がそばにあった、コピー用紙のダンボールを百花に渡し、

とりあえずそれの中に弁当を収め始めた。

その間に尾崎さんが入り口までやってきて、中に入ってもいいのかと、

インターフォンを鳴らす。


「あぁ……もう……うまく閉まらない。高村さん、早く閉めて!」

「は? おい、百花」

「私が出ないとおかしいでしょう」


急に『アチーブ』が騒がしくなり、百花は一度深呼吸をすると扉の方に向かう。

俺は大吾のそばにいくと、ダンボールに蓋をする作業を手伝った。

とりあえず収めて、床の飲み物と並べる。


「こんにちは」


彼女の声、俺はキッチンから席に向かう。

ふと見た尾崎さんの表情は、明らかにいつもとは違っていた。

視線が左右に動き、どこか落ち着かない。

百花の言うとおり、うちが30個まとめて買ったことに、気づいているのだろうか。

いや、だとしても、問題はない。

料金は払った。

以前のように、お金を急に渡したわけではないし。

商売として売られている弁当の代金そのものだ。

尾崎さんはデスクの下に落ちていた、箸袋を拾う。


「これ、うちのですよね」

「あ……そうですかね」


大吾はどうぞ座ってくださいと、尾崎さんに声をかける。

彼女は首を振り、また左右を見る。この部屋の中に、何やら捜し物をしているようだった。

百花がお茶を入れるからとソファーを勧めると、尾崎さんの足は、キッチンへ動く。


「若菜さん、あの……」

「すみません、これ、なんですか」

「エ?」


尾崎さんが持ち上げて見せに来たのは、

大吾と百花が必死に隠した、弁当入りのコピー用紙のダンボール。


「えっと……これは、コピーの紙が……」

「いつもこんなところにはないと思って。これって、村井さんの席の奥に、
あんなふうに置かれているものでしょう」

「これは……」


百花は言葉が続かない。


「どこにありますか。うちのお弁当」



完全にばれている。



「どこにって……」

「『安西法律事務所』の社員さん5人が、30個、買いに来てくれました。
打ち合わせに必要だと言われてましたけれど、今、先に事務所の中を覗いてみましたが、
そんな数が必要な打ち合わせなんて、行われていないような気がしたので……」

「それはさ、もうほら、買ってから時間も経っているし」

「百花さん、今日、買いに来てくれていないよね」

「それは……毎日は……」


百花の声が止まる。

大吾も、他の社員も、百花が無理なら自分にもごまかすのは無理だと、誰も発言をしない。


「あぁ、もう、無理です、無理!」


降参した百花は、尾崎さんが持っていたダンボールをテーブルにあげると、

『ここに入っています』と白状してしまう。


「ここにあるけれど、みんなでちゃんと持ち帰るから……」


尾崎さんはダンボールにつけたガムテープを剥がし、中を見る。

入っていた弁当を、全て取り出してしまった。

そして、俺の方に向かって、歩いてくる。


「村井さんですか、こんな指示を出したのは」

「……あぁ」


もう、ウソをついても仕方が無い。

料金は払った。

彼女に損はない。


「確かに30個買ってもらった。でも、お金は払ったはずだ。
余計な支払いはしていないし、人のものを取ったわけでもない。
今、百花が言うとおり、これから……」

「お弁当は、この時間に食べてもらうために作りました。家に持ち帰ったりして、
無理に食べてもらうのは……」

「無理にではない」

「美味しくないです」

「お金を払った。どう食べようが、こちらの自由ではないのか」


何をどう食べていくのかまで、言われる筋合いはない。

なんとしても、この苦しい時間を乗り越えて、宣伝をしないとならないから……


「600円のものを30個分、18000円支払ったのだから、権利はあると、
そういうことですよね」

「あぁ……」


売り言葉に買い言葉。

自然と互いに口調がきつくなる。


「だったら、権利を戻します」


尾崎さんはそう言って、18000円を出すと、俺のデスクの上に置いた。

お札が少しくしゃっとなっている状態。それが彼女の怒りを表していて。


「確かに、買ってもらったお弁当を、みなさんがどう食べているのか、
そこまで見ることは出来ません。でも毎日、これでも一生懸命に作っているつもりです。
蓋を開けて、食べることを楽しみだと思ってもらいたくて……。
まさか、こんなふうに台所のダンボールに入って、蓋も開けてもらっていないなんて、
考えてもいませんでした。数があうから、計算上、間違いがないからって……」


尾崎さんの唇が、微妙に揺れる。


「売れ残っても、それは仕方がないです。自分の実力不足です。
もっと頑張らないとと色々考えて……」

「資金がなくなったらどうするんだ。商売はそんなに簡単なものじゃない。
頑張っていたらとか、毎日必死になればとか、そういうことじゃない」

「だとしたら、諦めます」

「は?」

「自分がやりたいことをしようとして、できないのなら、諦め……」

「甘ったれたことを言うなよ!」



違う、違う……どうしたんだ、俺、方向が全然違う。

どうして怒っているのか、自分でもよくわからない。

でも……



「簡単に結論を出すような、甘えたことを言うな。君が商売をやりたいと言って、
そのために協力すると願い出てくれた人がいるだろう。
店を貸してくれている人がいるだろう。出来ないのならもういいだなんて、
かけてきた10年をなんだと思っているんだ」


『諦める』

おそらく、彼女はそんなこと考えていないだろう。

ただ、成り行きでそう……


「私は私の力で、歩かないとならないんです。村井さんこそ、身勝手に……
自分がしたことを正論だと、振りかざさないでください、
もう……関わらないで!」




関わらないで……




「あ、若菜さん」


百花の声が届いた後のことは、あまりよく覚えていなくて。

ただ、デスクの上に、お金が残っていて、

社員達がみんな、どうしたらいいのかわからない顔をしていることしか、

そう、それしか記憶にない。


【9-3】



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