9 関わらない日々 【9-4】


【9-4】


『淡々と』



これが一番いいと自分で認めたものの、彼女からの許しが出ない限り、

お弁当を買いに行くことはできない。

それでも、ただ、『ヴォルクスタワー』の中で、イラついているのも嫌なので、

ジムで身体を動かすことにした。

その前に、数ある電信柱の影に、繰り返し身を隠しながら、『ゆきこ』を見に行く。



見に行くのならいいだろう。

『関わって』はいないのだから。



「いらっしゃいませ、『なちゅあ』です」


今日も、彼女は店を開いていた。

『ゆきこ』の前に弁当の見本写真を置き、道路近くに立つと声を出している。

OLらしき女性が2人、話をしながら買い物をしていくが、

その後はまた、誰もいない状態が出来上がった。


「ん?」


誰だあいつ……あれ、見たことがある。

『なちゅあ』の前に立って、何も買わないまま腕組みをしている男。

どこかで……



あ……



そうだ、知夏によくジムで声をかけていた男だ。

確か、『べにのや』とかいう、弁当屋の息子だと聞いた気が……


他の客が彼女に声をかけているのに、腕を組み、ウロウロと目障りになるような態度。

あれはわざとではないだろうか。

ここからだと、何を話しているのか全くわからない。

尾崎さんの目が、こっちを見た気がしたので、すぐに奥へと隠れた。





走り込みを示す、ランニングマシンの電子音。

スピードがまた一つ上がる。

結局、あの男が弁当を買ったようには見えなかったな。

『べにのや』のライバルだと思われているのか、それとも……

しばらくすると電子音がして、マシンの速度が下がる。

呼吸を整えながら、ゆっくりと歩みを止めた。


「村井さん、お久しぶりですね」


親しげな言葉をかけたくせに、知夏の不満そうな顔。


「すみません」


忙しいから会えないと連絡を入れてから、また日が重なった。


「お仕事がお忙しい時こそ、適度な運動はされた方がいいですよ」


ジムへの誘いにも、夜の誘いにも取れる言葉。

確かに、『ただ忙しい』だけで流されていたら、知夏の気持ちも晴れないだろう。

この感情の変化。いつか言わないとならないのなら、きちんと話をしないと。


「連絡する……」


その言葉に、うっすらと笑みを浮かべた知夏は、すぐに他の客の方へ移動する。

『ハッキリ話しをしよう』

俺はそう思いながら、自分のタオルを取った。





いつもの店、いつもの時間。

違っているのは……


「忙しいのはわかるけれど、これだけ放っておかれたら、拗ねるわよ、こっちも」

「ごめん」


確かに、これだけ知夏と会わなかったことは今までにないだろう。

互いの本能がそうするものだと思っていたし、

今も、どこかにそうしたい気持ちがあるのも、捨てきれない。

でも、今までとは違う。


「仕事、少しは片付いた?」

「知夏……」

「何?」

「話があるんだ」

「話? だったら、これすぐに飲むから、部屋で……」

「いや、今日はここで帰るよ。部屋は取っていない」

「エ……」


『ホテルヴォルビ』の部屋は、取っていない。

これからの時間は、ないのだとそう話す。


「どういうこと」

「仕事が忙しいのは確かなんだ。でも、プライベートの時間に、やりたいことができた。
今は、そのために自分の時間を使いたい」

「やりたいこと? 趣味とか?」

「いや、違う」


知夏は『言いたいことがわからない』のか、首を傾げる。


「湊がやりたいことがあるのなら、すればいいでしょう。我慢してくれだなんて、
思ったことないし。こうして会いたいときに会えたらそれでいいじゃない。
今までどおりにすることに、何か問題があるの?」


知夏は、自分たちの関係が崩れてしまうような趣味などないだろうと、そう言い返す。


「応援したい人がいるんだ」

「人?」

「あぁ……。その人のために、時間を使いたい」

「女?」


知夏の表情が変わった。

自分ではない女に気持ちを移したのかと、ハッキリ聞いてくる。


「他に、こういう時間を持つ女が出来たってこと?」

「それは違う。でも、今……彼女の、いや、彼女の抱えていることを考えるだけで、
気持ちがいっぱいになることは確かだ」


尾崎さんの商売がうまくいくためにどうしたらいいのか、

どうすればいいのかといつも考えている。


「何それ、抱えていることって何? どこかのホステスとか?
売り上げを上げさせようとか……」

「いや、違う」

「だったら誰? もしかしたらうちのジムの後輩?」


話が理解出来ないからか、知夏の口調が荒くなった。

俺はそれも違うという意味で首を振る。

こんな追求のような質問をされ続けて、

俺は、相手が誰なのかを明らかにしないとならないのだろうか。


「そんなふうに責め立てるように、言われることではないと思うけれど」


自分の時間をどう使うのか、それは俺の自由なはず。

知夏はそこから数秒黙っていたが、『わかった』と切り返してきた。


【9-5】



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