10 見えない敵 【10-2】


【10-2】


「そんな顔をしないでください。大丈夫です、仕事ではないですから、
そのまま活用してください。あれは、俺が自分の時間の中で、作っただけです。
『アチーブ』のものではありませんから」

「村井さんが……一人でですか」

「はい。その分、時間がかかってしまいました。
もう少し早くに表へ出したかったのですが、予定がずれて。
尾崎さんがお店で苦労しているのがわかっていたので、
つい、あんなふうにフライングして、お弁当を……」

「すみません、そういうことだったのですね、私、気づかなくて……」


尾崎さんは、何もお返しが出来ないのにと、申し訳なさそうな顔をする。


「何も話していなかったのですから、気付かないのは当然です。
尾崎さんにとっては、あのホームページが、
とてつもなくすごいことに見えるのでしょうが、
俺にとっては、あなたが作り出す料理の方が、ものすごいものに思えます。
自分で食べて、美味しいと思ったからこそ、宣伝に少し協力しただけです。
もう、あまり気にしないように」


そう、使って欲しくて、あなたの味のすばらしさを、

世の中にわかって欲しくてしたことだ。




あなたのためになることなら、何でもしてあげたいと思う。




「それなら……このまま使わせていただいて、いいのですか」

「当然です。そのために作りましたから」


尾崎さんの表情が、やっと明るさを取り戻す。

そう、こんなふうに喜んで欲しいと思って、時間を費やしたのだ。

何日も睡眠時間を削って、PCに張り付いて、必死に頑張った疲れなど、

この表情に全て吹き飛んでいく。

じわっと身体が温かくなる気がするのは、なぜだろう。


「『観光協会』のホームページから、見つけたという方が結構多くて」

「はい。今、6階に行けば、掲示板にも大きく出ているはずですよ」

「そうですか」

「3週間はそのままですからね。あとはアクセス数が高ければ、残ります。
そのために、目立つ場所に置きましたから」

「はい……」


尾崎さんは、流れを聞きながら、興味を持ってくれたように思えた。


「中身、見てみますか、実際」

「いいですか」

「もちろんです」


PC前に移動して、隣に椅子を並べる。

画面に映し出した『なちゅあ』のホームページ。


「うわぁ……携帯で見るのとは違いますね、大きさが」

「そうですね。一応携帯でも、わかりやすいようには工夫してありますが」

「はい。でも、写真も大きいし……」


『関わるな』と言われてから、毎日が重苦しかったが、

こんなふうに肩が触れる距離に戻れるようになって、どこかほっとする。


「ここ、押すとどうなります?」

「押してみてください」

「はい」


コードレスのマウスを彼女の前に置く。

すると、指が動き、写真が現在から昔へとタイムスリップした。


「あ……」


『キッチンオザキ』の頃を思い出せる、懐かしい資料が現れる。


「このお店、うちの隣にありました。確か、『ヴォルクスタワー』の隣にある、
ビルに移転して、今でも続けていると……」

「あぁ……あのビルには、メーカーがいくつか入ってますからね」

「ご主人の趣味は手品で、とっても手先が器用なんです」

「手品……」


尾崎さんは、楽しそうに昔の写真にコメントを入れてくれる。

俺は、お客様からのコメントに、返事をするにはどうしたらいいのかを彼女に教えた。

尾崎さんは、家にノートパソコンがあるというだけあって、

やり方は簡単に覚えてくれる。


「家にあるノートパソコンからでも、出来ますか」

「出来ますよ。管理者のコードはメモしましたよね」

「はい、しました」


尾崎さんは両手で紙を持ち、写し間違いがないか、もう一度数字と文字をなぞっている。

その左手の小指に、絆創膏が見えた。


「どうしたんですか、小指」

「あ……これですね」


尾崎さんは自分がおっちょこちょいだと前置きをして、

この間、釣り銭が入っているケースを慌てて閉めようとして、挟んでしまったと、

話してくれる。


「少しだけ挟んだから、青くなってしまって。目立つので、こうして」


両手を前に出し、『ドジなんです』と笑う彼女。

光るものが何もない指達に、どこかほっとさせられる気がする。



まだ、大丈夫なのかなという……そんな思い。



「あ……」


尾崎さんは時計を見た後、長い間お邪魔してすみませんと、椅子から立ち上がる。

確かに30分以上が経過していたが、俺にしたらほんの一瞬程度で。


「ごめんなさい、みなさんのお仕事の邪魔をして」


椅子を元の位置に戻し、そばにいた大吾にも『すみません』と謝っている。


「村井さん……『アチーブ』のみなさん、また、
お弁当、よかったら買いに来てください」


尾崎さんはそう言うと、『失礼しました』と出て行こうとする。

これでいいと思うのに、ふと手を伸ばしそうになった。




まだ、ここにいて欲しいと……




「百花さん、昨日のドラマ見た?」

「見た見た、あれは揉めるよね」


入り口近くで、軽めの女子トークもあり、尾崎さんは入ってきた時とは違う、

穏やかな表情を見せてくれる。

彼女がいなくなり、『アチーブ』はまた、いつもの時間に戻った。


【10-3】



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