21 今日という日 【21-4】


【21-4】


病院の待合室。とりあえず彼女が無事なことがわかったので、

同じように心配している友紀子さんに連絡をした。

携帯を彼女に持たせ、『大丈夫です』と言う声は震えていて、

その目からは、頷いたのと同時に涙がこぼれてくる。


「友紀子さん、泣いてました」

「そうだろう、俺だって心臓が止まるかと思った」


そう、言われた瞬間、本当にそう思った。

人生で、これだけ驚かされたことはない。


「私、携帯を左手に持って、部屋に向かう階段を上がっている途中で。
なんだか、少しガス臭いなとは思ったのですが、まさかって」

「うん……」


それはそうだろう。

ガス爆発なんて、そう頻繁に起きるものではない。


「爆発の瞬間、ガラス窓が割れたみたいで、急にガラスが飛んできました。
咄嗟に右手を出して、よけようとしたのか、そうしたら階段から転げ落ちて」

「転げ落ちたの」

「だと思います。どうなったのかよくわからないけれど、携帯が、
落ちたときに踏んだのか、蹴ったのか、画面も割れてしまって、
とにかく全然電源が入らなくなってしまって……」


ガラスの破片に傷ついた右手を押さえていると、小さな爆発がさらに起こる。

尾崎さんは、恐怖の中、とにかくアパートから離れようとしたことしか、

記憶にないと言う。


「頭を押さえていたら、火事になったのかパチパチ音がし始めて、
そこからはもう何がなんだかわからないまま、大きな渦の中にいるようでした」


大きな渦……確かにそうかもしれない。


「右手、3針縫いました」


ちょうど肘に近く、曲げたりすると皮膚が動きやすいため、3針縫ったという。


「でも、明日はここの救急にもう一度通院して、
消毒になったら、近くの病院でいいそうです」

「痛む?」

「少しだけ……」


痛み止めをもらったくらいだから、それなりに痛いのだろう。


「とにかくこれくらいで済んで、よかった」


亡くなる人が出るくらいの事故だ。怪我ならよかったと思うべきで。


「警察の方に言われました。部屋にいた方が被害が大きかったかもって」


そうだろう。室内にいたら、命も危なかったはずだ。


「荷物、取りに入れなくて」


爆発が起きて、そこから消火活動が始まったため、

窓ガラスが割れた彼女の部屋にも水が入り、家具も電化製品もダメになってしまった。

火災の影響で、表面上普通に見えていても、構造がもろくなっているかもしれないため、

部屋への立ち入りも、しばらく出来ない。


「炊飯器、持ってくるつもりだったのに」


そういうと、尾崎さんは悔しそうな顔をした。

傷ついた手に、痛みが走らないようにと思いながら、もう一度抱きしめる。

シリアス過ぎる状態を変えようと、精一杯笑えるように言ってくれたのだろうが、

とても笑う気になれない。

紙一重の時間が、確かにあったのかと思うと、体が震える気がする。


「服も炊飯器も、そんなもの、これから買えばいい」


失ったものは、新しく出来るものだけだ。

『一つしかないもの』は、ちゃんとここにある。


「帰ろう」


尾崎さんは黙って頷く。

彼女をタクシーに乗せて、俺はバイクに乗る。

『ヴォルクスタワー』の前に着いたのは、俺の方が少し速かった。


「バイクを置いてくるから、ここにいて」

「コンビニに行ってからあがります」

「コンビニ?」

「はい」


なんだ、飲み物でも買うのか。


「わかった」


駐車場に戻り、バイクのエンジンを止めると、あらためて大きく息を吐く。

この数時間で、ものすごく疲れた。

エレベーターであがっていくと、とりあえず尾崎さんがコンビニから来るのを待つ。

その間に、『レンタル布団』を頼むことにした。

自分の家に、人が来ることなど予想もしていないので、布団がないのだ。

怪我をして右手を縫った状態の彼女に、同じベッドに入れとは、さすがに俺でも言えない。


そうか……洋服。


エレベーターの扉が開き、尾崎さんが現れた。

飲み物でも買ったのかと思っていたが、手に持っているのは、小さめのビニール袋。

なんとなく買ったものがわかり、一緒に部屋に向かい、鍵を開ける。

いきなり飛び出てきたベルと、目の前で起きている出来事に、声が出なかった。





「ベル……ごめんなさいでしょう」


ケージの扉を、開けたまま出てしまった。

尾崎さんのことを友紀子さんから聞き、慌てて飛び出したので、

ベルのことが、忘れられていて。

どうして急に俺がいなくなったのかわからなかったベルは、自由な扉から出て、

ソファーの上のクッションや、読みかけの雑誌と遊んでしまった結果、

リビングは大変なことになっていて……


「これ、ここに重ねたらいいですか」

「いいよ、動かなくて、座っていて」

「大丈夫です。左手はちゃんと使えるし」


散らかった雑誌を、彼女が一冊ずつ拾い始める。


「着替えがないから、今日は何か着てもらって」

「すみません、明日病院に行った後、何か買ってきます」


時計を見ると、すでに22時を回っていた。

今からでは、洋服を買いに行くにも、店が閉まっているだろう。


「洗濯機、貸してください。これ、洗いたいので」

「うん……」


乾燥まで出来る洗濯機だから、とりあえず乾かすところまでは大丈夫だ。


「何か食べるものを買ってくるよ」

「あ……そうですよね、私が作るなんて言ったから、村井さん食べてないし……」


尾崎さんは、自分のお腹に触れると、『自分もだ』と笑い出す。

一生懸命に明るく振る舞う彼女。

俺は、その頭に軽く触れた。


【21-5】



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