15 お礼の言葉

15 お礼の言葉


驚く芽衣の姿に、亮介は遅れてタクシーを降りた咲の方を向いた。

芽衣は亮介と咲の両方を交互に見た後、すぐに頭を下げる。


「この間、会社へ連絡を取らせてもらったら、事故で入院されたって聞いて。
ご自宅にいらっしゃるのなら、お会いすることも無理だと思ったんです。
でも、今朝連絡したら、もう、出社されているって……」

「会社に連絡をくれたんだ。なんだ……誰も何も言ってなくて」

「いえ、名前を告げなかったので、それは……」


芽衣はそう言うと、もう一度視線を咲の方へ向けた。

芽衣がどんな女性であるのか、咲も事情を知っていたため、姿を見せているのが、

どこか申し訳なく、手に持った書類を先に会社へ持って行こうと思い、

横を通りすぎようとする。


「あの……」

「はい」

「深見さんの奥さんですよね。私、後藤芽衣と言います。
バカなことをしようとしたのを、助けていただいて、ケガまでさせてしまって……あの……」

「いえ、逆に事故のことを知らされてしまって、こちらこそご迷惑をおかけしたようですね。
まだ、リハビリには少し通うようですけれど、ほとんど生活に支障はないので、
大丈夫ですよ……ね、亮介さん」

「うん」


3人がトライアングルのように立っているのを、支店の中から見た太田が気付き、

亮介に声をかけた。その声に気付いた昇平の父親も、すぐに頭を下げる。


「部長、戸田昇平君のお父さんです」

「戸田春臣です。このたびは昇平がお世話になりまして」


亮介の視線が、自分から別の男性に動いたことに気付いた芽衣は、咲に軽く頭を下げると、

静かにその場を去ろうとした。その動きに気付いた咲は、手に持っていた書類を、

そばに立つ太田へ渡す。


「太田さん、ごめんなさい、これ、主人のなんです。お渡ししていいかしら」

「あ……はい」


咲は昇平の父親に頭を下げると、少し前を歩く芽衣を追った。

以前、亮介と芽衣を見かけた大きな交差点の信号で、その歩みに追いつき、肩を叩く。


「芽衣さん」

「……あ、はい」


追いかけられると思わなかった芽衣は、咲が来たことに驚き、また頭を下げた。


「ねぇ、亮介さんに何か話をしたかったわけじゃないのかしら」

「いえ……」

「伝えることがあれば、伝えておきますけど」


芽衣は、わざわざ自分を追いかけ、声をかけてくれた咲を見ながら、自然に顔がほころんだ。

普通なら自分の配偶者に、近寄ってくる女性に、優しい声などかけないだろう。


「お幸せなんですね……」

「エ……」

「人は、自分が幸せじゃないと、人にも優しく出来ないんだそうです」


芽衣の視線が腹部にあることに気づき、咲は右手でお腹に触れる。


「何ヶ月ですか?」

「もう9ヶ月に入りました」

「そうですか……。深見さん、そんなことも何も言いませんでした。
きっと、私の事情をわかっていて、気をつかってくれたんですね。
何から何まで、迷惑かけちゃったな……あ!」


芽衣は自分のバッグを開け、少し擦れたような袋を取り出した。

止めてあったシールをはがし中身を取り出すと、赤ちゃんが腕に取り付けて遊ぶ、

小さなガラガラが目の前に現れる。


「これ、ブラブラしていて見つけたんです。生まれたら使ってあげようなんて考えて買ったのに、
使えなくなって……」


それをまた袋に戻すと、芽衣はシールを止めなおし、咲の方へ差し出す。


「使っていただけないですか? 生まれてくるお子さんに」

「……いいの?」

「はい、あ……縁起が悪いって、深見さんに怒られちゃいますか?」

「ううん、そんなことない。でも……」

「いえ、本当によかったら使ってください」


咲はせっかくの好意だからとお礼を言い、その小さなガラガラを受け取った。

この世の中に出てくることが出来なかった命の重みを、しっかりと握り締める。


「両親のところへ戻ることにしました。また、一からやり直して、頑張ります……。
そう、深見さんに伝えていただけませんか?」

「はい……」

「助けていただいた命で、もう一度しっかりと歩きますから。
そして、そんな自分に自信が持てたら、もう一度会ってくださいと……」


咲は袋を握り締めたまま、芽衣の言葉に頷き返答した。

同じ女性として、辛いときを、乗り越えて欲しいと心から思う。


「ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」

「何?」

「お腹に……少しだけ触れてもいいですか?」


咲はしんみりとなった芽衣の手を握り、自分のお腹へと導いた。

芽衣は右手をそっとあて、手のひらから伝わる、小さな命を感じ取る。


「……元気いっぱいですね」

「はい……」


芽衣と咲は、次の信号が変わったときに、その場で別れ、それぞれ別の方向へ歩き出した。





その頃、亮介を訪ねた昇平の父親は、あのツアーで起きた出来事の、

詳しい状況を尋ねながら、納得するように大きく頷いた。


「本当になんとお礼を言っていいのか、こんな遅れた形になり、申し訳なかったです。
あの後、昇平とも電話で話したんです。、落ち込んでいた自分を、
ツアーの他の方達が励ましてくれたと、そう言っていました」

「そうですか……」


亮介はバラバラな旅行にならなかったのは、太田の頑張りがあったのだろうと、

少しだけ安心する。


「で……これがご縁になるのではないかと思いまして……」


昇平の父親は、リサイクル会社を経営しているのだが、このたび、店舗を移転することになり、

こっちへ残した場所を、すべて商品倉庫として管理することになったのだと話し始める。

その商品管理をしながらネットで売買を担当する社員30人を、新体制の研修をかねて、

泊りがけで連れて行きたいのだという。


「……30名の宿泊ということでよろしいのでしょうか」


「はい、出来たら研修などにふさわしい、しっかりとしたホールや広間があるところが
望ましいですね。さらに来年は、父の代から数えて、会社が20年を迎えます。
その記念旅行のことも、もう、こちらにお願いしておこうかと思いまして……」


亮介は太田に声をかけ、その手続きをするために、また会社へ向かう日付を書きとめさせた。

それからまた10分ほど、話をした後、昇平の父親は、あらためて二人に頭を下げ、

支店を出て行った。


「太田、これはお前が支店長に報告しろ」

「いえ、部長。これは……これは、部長が昇平君を助けたから、だから……」

「言っただろ、戸田さんが。昇平君がホテルに戻った後、ツアー客たちが、
優しい声をかけてくれたって。それは、お前が雰囲気を壊さずに、
あの日を乗り切ってくれたからだ」

「部長……」

「俺はその時、寝てたんだから、何もしてない。この旅行代理店なら、どんな状況でも、
しっかりと客を見てくれると、戸田さんは感じてくれた。だから、仕事の依頼をした。
これは太田が報告しろ」

「……でも」

「でも、何だよ」

「部長の立場……ウッ……」


太田が亮介を心配するコメントを出そうとするため、亮介は左手で太田の腹部をパンチする。


「お前に心配されるような、情けない男じゃないから大丈夫だ! 
ほら、さっさと上にいって、支店長を驚かせてやれ!」

「……は、はい……」


書類を手に持ち、慌てて階段を駆け上がる太田の後ろ姿を見ながら、

亮介には福岡で心配する、里塚の顔が浮かんだ。





「そうなんだ、じゃぁ、太田君、やる気が出たでしょ」

「だといいんだけどな。塚田支店長は苦虫をつぶしたような顔して、イラついていたけど」

「芽衣さんも、太田くんも、きっと気持ちを切り替えてくれるわよ」

「あぁ……」


亮介は咲がテーブルに置いた、芽衣がくれたガラガラを握り、

その通りであって欲しいと願いながら、軽く音を立てた。




                                 深見家、新メンバー加入まで……あと40日






16 上司の部下 へ……




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コメント

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太田の頑張りが・・

悪いことがあった次はよい事が待っている。
何事も手を抜かず頑張れば神様は見ていてくれる。
太田君、貴方の頑張りのおかげよ、自分を卑下しないで顔を上げて、胸を張っていいのよ。

芽衣さんも新しい一歩を踏み出せて良かった。

赤ちゃんって不思議です、その存在でまわりを暖かくしてくれる。勇気と希望が沸いてくる。

早く会いたい、あと40日。

フフフ・・塚田の顔が見てみたかったな(爆)

いっちば~ん!・・・かな?^m^

ももちゃん こんばんは^^

>「人は、自分が幸せじゃないと、人にも優しく出来ないんだそうです」

すべてここから始まっているような気がするなぁ。
亮介が芽衣を助けたのだって、自分の家庭に確固たる物があるからでしょう。

揺らがない物を持っている人は強いよね。
太田君も、きっとこれから身につけていくものだと思うけど・・・自信をね。

人助けって、見返りを期待しないからできること。
それがいつしか自分に返ってくる。
期待をしている塚田さんにはわからないことだろうね~・・・

流れが亮介サイドに変わってきたね!
人の輪がつながってきて、幸せにたどり着くのももうすぐかしら^^

あはは・・・

二番でしたね ^^;

yonyonさんと2分違いだったのね!

No title

愛しい人の来日やら、何やらで読み遅れていたのがやっと追いついた…

芽衣との鉢合わせに、「まさか修羅場が…」なんて思ってしまった私
再スタートを切る気持ちになれて良かったぁ
咲の姿にも動ずることもなくて亮介の気持ちを感じ取ってくれたし。

太田も少しは自信が付いた?
こちらはまだまだでしょうが気持ちに張りが出たよね。
机の中の辞表が無駄になりますように。。。

人は幸せだと他人にも優しく出来る…
私もそうで有りたいと思うのでした。

新メンバー加入まで…40日
だんだん近づいてきたわぁ~♪

 命=幸せな時

芽衣登場でドキ!としたけど
落ち着けば、子供を失った傷を持ちながらも
生きていこうとする普通の女性でした。

>「お腹に……少しだけ触れてもいいですか?」
  という芽衣のこの世の中に出てくることが出来なかった命の重み

> 手のひらから伝わる、小さな命

こういう芽衣と咲、対照的な立場が切ないですね。

だって出産、子育ての経験あるもの
お腹にで育てた命~この感動は経験者ならよく解るね。  

今、芽衣、咲にとっても新たな出発時がきたようですね。
芽衣にもこれからきっといいことあるよ

★メイラミョン ハルスッィタ=芽衣なら出来る意】頑張れ♪v-254

(ノ_・。)ヾ(・ω・*ナデナデ~咲は芽衣に優しかったね。ガラハラ受け取ったもの

咲は出産v-73初産は結構きついど~~と脅かしてどうするv-217 

戸田父親からもお仕事依頼あり~
やっぱり善意は善意に返ってくるんだね。
依頼を大田の手柄っていうのかなにしちゃうし亮介も偉いv-222

津田城の陥落いつぞ? まずは外堀少しは埋まったか?  続きが楽しみ楽しみ

亮介さん、これからだ!

こんばんは!!

芽衣も前向きに考え一歩を踏み出そうとしてる事を報告に来たのね。どっちにとっても良かった。
ホント、咲チャン優しい。

太田君は(深見さん?)瓢箪からコマで(?)
お仕事舞い込んできて、やったね!!
太田!やる気出して頑張れよ!

塚田支店長、坂を転がるように落ちてく?…クックク

運(人徳か)は亮介さんに向いてきたかな・・・
先が楽しみです。

    では、また・・・。e-463

前へ進もう

yonyonさん、こんばんは!


>悪いことがあった次はよい事が待っている。
 何事も手を抜かず頑張れば神様は見ていてくれる。

ねぇ、私もそう思っています。
一生懸命やっている人の方が、損をするなんてことは、
ダメだと思うから。

芽衣も太田も、新しい1歩を踏み出そうとしています。
あと40日まで来ました。
もう少し、お付き合いお願いします。

真の強さ

なでしこちゃん、こんばんは!


>揺らがない物を持っている人は強いよね。
 太田君も、きっとこれから
 身につけていくものだと思うけど・・・自信をね。

そうそう、持っている人は強いよ。
場所があるからこそ、羽ばたけるのです。
太田君は、ここから、それを見つけないとね。

亮介の行動と、塚田の行動と、
積み重ねてきたものが、色々と見えてくるでしょう。

いっちば~ん、と思えるほどの早い反応をありがとう(笑)

修羅場回避

Arisa♪さん、こんばんは!
イベントなどで、忙しかったでしょう。
いつでも、読めますから、大丈夫ですよ。


>芽衣との鉢合わせに、「まさか修羅場が…」なんて
 思ってしまった私
 再スタートを切る気持ちになれて良かったぁ

あはは……修羅場か。
芽衣にとっては、すでに亮介からちゃんと距離を置かれてますからね。
咲の姿を見た瞬間、ピンと来るものがあったでしょう。

やっと40日まで来ました。
もう少しですから、お付き合いお願いします。

女の幸せ

ナタデココさん、こんばんは!


>芽衣と咲、対照的な立場が切ないですね。

うん、そうですね。
でも、芽衣は咲を見て、亮介が自分を助けた理由も、
また、距離を置こうとした理由も、ちゃんとわかったんじゃないかと思っています。

咲も、亮介の邪魔をしないように、去ろうとした芽衣を見て、
思わず追いかけてしまった……という感じでしょうか。

亮介 VS 塚田 は、いよいよここからですね。

前へ、前へ

mamanさん、こんばんは!


>芽衣も前向きに考え一歩を踏み出そうとしてる事を
 報告に来たのね。

はい、来たのです。
咲を見た芽衣は、亮介の自分に対する優しさも、
また、距離を置こうとした気持ちも、理解できたんじゃないかと思っています。

さて、塚田と亮介の戦い、

それは、ここからですね。

可哀想な奴・・・

芽衣の登場にちょっと心配したけど
彼女も一からやり直す決心がついたのね。

咲ちゃんと会って話をした事で
亮介さんの思いにも気付けたようだし
これで本当に新しいスタートが切れそうだね。

そして昇平パパのお礼の言葉と仕事の依頼・・・
太田君の頑張りが実を結んだんだよね!
人と人との縁・・善意のつながり
大切な何かを太田君は掴む事ができたかな?

予想はしていたけど、太田君の報告に不満いっぱいの塚田!
塚田だって新人で現場に出たこともあるだろうに・・・
今まで人に感謝された事も、した事もなかったんだろうねぇ
そんなふうに考えると哀れで可哀想な奴やわ;;

さあ、次はいよいよ塚田と亮介の戦い!
楽しみに待ってます~^^v



いいなぁ、赤ちゃん

hujiyamaさん、こんにちは
そうそう、先週は、みなさん忙しかったでしょ。
お留守番の私でも、PCであちこち彼を捜してましたから(笑)


>我が家の天使は2ヶ月になります。咲ちゃんもすぐね。

エ……もう、そんなになりましたか。
うわぁ……咲は、作者のおかげで、普通より多めにかかってますので、もう少しお待ちを。

山と谷は、あるといえばあるし、ないと言えばあるかも(笑)

上司の想い

yokanさん、こんにちは


>誠意を持って接すれば、相手には通じるものなのよね。
 これで太田くんにも自信が出てくると良いんだけどね~

そうなんですよね。亮介のやりたかったことは、太田に自信をつけさせたかったことなので、
ちょっとケガをしたりして予定外でしょうが、このままうまくいくといいのですが。

塚田という男

バウワウさん、こんにちは


>予想はしていたけど、太田君の報告に不満いっぱいの塚田!
 塚田だって新人で現場に出たこともあるだろうに・・・
 今まで人に感謝された事も、した事もなかったんだろうねぇ
 そんなふうに考えると哀れで可哀想な奴やわ;;

はい、かわいそうな人です。
塚田の様子も、このあと出てきますので、ちょっとのぞいてみてください。
まぁ、嫌なヤツなんですけどね(笑)


>さあ、次はいよいよ塚田と亮介の戦い!
 楽しみに待ってます~^^v

はぁ~い!(笑)