5 『実力』を知ろう 【5-1】

5 『実力』を知ろう


【5-1】


遅れて登場した女性は、私と同じようにスーツ姿だが、

スカートの丈は短いし、お化粧も少し派手目な気がする。


「『ラビッツ』の山根です」

「うん……」


『ラビッツ』

聞いたことがないけれど。

彼女は場になれているのか、知っている社員の横に座り、何やら親しげに語りかける。


「尾田さん」

「はい」

「ほら、君もアピールしないと。うちに任されている大手の契約、
『ラビッツ』に取られちゃうよ」


そういった男性の手が、当たり前のように私のお尻に触れ……いや、つかんだ。

思わずその場から逃げるようにしてしまう。


「おっと……ごめん、ごめん、ちょっと酔いが回ったか」


『酔ってしまったから』と言っているが、その目はそう見えない。


「いえ……」


何をするのですかと、頭の中では叫んでいるのに、

一瞬の、そして、あまりの出来事に声にはならなかった。

偶然とか、勘違いとか、そんなものではない。

『セクハラ』の言葉が頭を巡ったが、たった一度のことで、

しかも、大切な取引先の席で、言ってしまっていい台詞だとは思えない……


「高根部長、『ラビッツ』のパンフレット見てくださいました?」

「ん? 見たかなぁ……どうかなぁ……」

「あぁ……もう、また。そういう言い方をされるんですね」


ここは、ホステスさんがいるようなお酒の場所だろうか。

私は、そんなつもりはなく来ているけれど、山根さんは結構身体を密着させて、

何やら耳に、ひそひそと話しかけている。


「おぉ、思い出した」


すっかり赤ら顔の男は、その手を、山根さんのふとももに置いていて。

彼女は全然、怒るそぶりもなくて……

これって……


「おい、尾田」

「あ……」


先輩の鈴木さんが会場に到着してくれた。

少し不安だった気持ちは、安心感に変わっていく。

結局、2時間の飲み会の中で、私はほぼお酌をすることと、

時折、ホステスさんではないかという山根さんの行動を、冷めた目で見るだけだった。



『鈴木さん、聞いてください』



こんなことがありましたと、先輩に話をしたい気持ちはあったが、

途中まで、川越印刷の社員さんが一緒の電車だったこともあり、

タイミングがつかめず、今日は何も言わないままになる。

帰りの電車内。

つかまれたお尻の感覚が、妙に残っている。

鈴木さんが登場してからも、すっかり酔いが回ったおじさまたちに、

『この後、一緒に飲みに行かないか』や『もし不倫をするならどっちが好みか』など、

答えに困るようなことを、何度か言われた。

腕や肩を組まれたり、とにかく触れられることが多くて。

『セクハラ』だの『パワハラ』だの、世の中のニュースでよく聞くけれど、

あんなことが、日常茶飯事なのだろうか。

社会人として仕事をするというのは、もっと……


「お帰り」

「あ……陽太郎さん」


自転車にまたがった陽太郎さんに、改札を出てすぐに声をかけられた。

私は『こんばんは』と挨拶をする。


「何を真剣に考えていたんだ? 男のことか?」

「違いますよ。仕事のことです」


私はそういうと、『スコッチーズ』の前に立った。

今日は飲み会だったのに、ほとんど飲まなかった。

食事も、何かしらは食べていたはずなのに、のどを通った気がしていなくて。


「あ、そうだ、妹さん、真優さんだっけ」

「はい、あ……そうだ、陽太郎さんに会ったって……」

「あぁ、うん。今日、姉がお世話になりますと、あらためて挨拶をしてもらったよ」


陽太郎さんは、自転車を店頭に止める。


「エ? 挨拶……」

「自分の部屋で寝ていたらさ、インターフォンが鳴って。
誰だろうかと思って出て見たら……」


真優らしいと言えば真優らしい。

隠れていなければならないのだと、私には言っていたくせに、

『姉がお世話になっているので』と人を利用して、

わざわざ3階にいる、陽太郎さんのところに出向くなんて。


「たまたま母親がいてさ、姉妹なのにご丁寧にって家にあげて、
お茶を飲んでもらった」

「すみません、ずうずうしくて」


本当にすみません、ご自宅まで。


「いや、細貝コレクションにも興味を持ってくれて、
この前も、色々と動いてくれたし、今度もまた、
一緒に活動してくれる約束ももらって、俺は助かるけどね」


陽太郎さんと一緒に、流れで『スコッチーズ』に入る私。

レジには、昨日会った珠美さんが立っていて、私は軽く頭を下げる。


「陽ちゃん、遅い!」

「バカ言え、時間通りだろうが」

「違うでしょう。涼太郎に1時間早くって、言われていたでしょう」


珠美さんは事務所に入った陽太郎さんを追っていく。

すると店の中にいた別の男性が、レジの方へ戻ってきた。



『やませ』



珠美さんの彼。


「こんばんは」

「どうも……すみません、隣に越してきた」

「はい、さっき、妹さんが挨拶してくれましたよ」

「あ、そうですか」


ここにも来ていた。


「すみません、ちょっとだけ居候です」

「うちも珠美がいるから、遠慮なくって、涼太郎に怒られるかな」


山瀬さんはそういうと、レジに向かってきた男性に『こちらへどうぞ』と声をかけた。


【5-2】



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