6 『恋愛』しよう 【6-3】


【6-3】


だって、涼太郎さんが外れているだなんて、思ったことは一度もない。


「いや、ほら、尾田さんの部屋を掃除しているときにも、
つい、自分の感覚で、やろうとしていて」

「あ……でも、あれは……」


私が、休めないから辞めてくれと頼んだときのことだ。


「相手の気持ちより、自分の満足感……自分の感覚を優先しすぎて、
あんなことが、生活の中でよく出てくるんですよ、俺」


涼太郎さんはそういうと、失敗すると一つ成長するのだと思うことにしていると、

笑ってくれる。事務所内に、ブザーがなり、涼太郎さんは立ち上がると、

レジの応援へ出て行った。



ひとり残される私。



そう……怒ったままで何かをしようとしても、得るものなどない。

少し不快な思いをしても、それがプラスになれば気持ちが変わると、

鈴木さんも言っていた。

まだ、カレンダーは4月を終えていない。

これからゴールデンウイークを過ぎて、それからまた振り返ってみても、

遅くはないはず。

私はいただいたアイスコーヒーに口をつける。

冷たいのどごしが、気持ちをリフレッシュさせてくれた。


「すみません、話の途中で」

「いえ、ありがとうございました。元気、出ました」


私はそういうと、軽くガッツポーズをする。


「ガッツポーズですか……」


涼太郎さんは、それならよかったですと頷いて、また自分の席に座った。





その日の夜、一日のニュースを見て、テレビを消そうとしたとき、

居候の真優が戻ってきた。お酒を飲んでいたのか、鼻歌を歌いながら入ってくる。


「ただいま」

「お帰り」

「はぁ……飲んじゃった」


真優は先輩におごってもらったと言いながら、冷蔵庫を開ける。


「何よ、お水もないの? 使えないな」


そう文句を言ったと思ったら、そうだ、そうだと、逆に嬉しそうな顔をする。


「下で買ってくるわ」


真優はそういうとすぐに部屋を出て、『スコッチーズ』に向かった。

そして数分後に戻ってくる。


「真梨の気がきかないおかげで、今、下のお店で陽太郎さんと話してきたよ。
土曜日お願いしますって言ったら、こちらこそって」

「そう」


あれから陽太郎さんが店に来たのか。

となると、涼太郎さんは仕事が終わったのだろうか。


「初めて水田ブラザーズを見たわ。噂には聞いていたけれども」


真優はそういうと、私に知っていると聞いてきた。

私は陽太郎さんと涼太郎さんのことでしょうと、言い返す。


「そう、水田ブラザーズ。『緑山大学』の先輩」


陽太郎さんと同じく、涼太郎さんも『緑山大学』なんだ。


「水田涼太郎ってさ、『緑山のプリンス』って言われたんだよ」

「プリンス?」

「そう。真梨、『マスコン』って知っている?」

「何それ」

「だろうね。『三ツ葉大学』だし」


真優はそういうと、ペットボトルの蓋をひねり、一口飲んだ。


「あのね……」


『マスコン』とは、8大学が毎年開催しているコンテストで、

学生のMathematics(マティスマティック)つまり数学の実力を試すために、

大手出版社が仕切り、問題を出して解いていくイベントのことだった。

学生野球や、ミスコンなどと同じように、『大学の宣伝』が主な目的だが、

予選会があって、勝ち抜いた大学が全国どこからでも出られるわけではなく、

私立では慶西や桜北、そして緑山のように、学力も知名度も自信のある大学が8大学、

最初から決まっている。

つまり、毎年同じ大学しか出場出来ない。



『私たちは選ばれた学生、選ばれた大学なのです』



と、誇らしげに思うらしく。

それでも、頭脳明晰な学生たちを品定めできるとあって、

日本の大手企業からも、毎年協賛されるほどの大会だった。


「有名な8大学の争いとはいえ、やはり慶西か桜北。
それに国立の修南工業大学が毎年強いわけ。そりゃそうよね、
それぞれ私立と国立理系のトップだし。
この大会に勝ちたくて、そういうサークルに入るという人もいるくらいだから。
だから、他の大学は優勝以外の表彰台を毎年狙うわけだけれど、
そこに水田涼太郎が登場し、なんと歴史をひっくり返したわけ」


涼太郎さんは大学3年の時、個人戦と団体戦、両方で大会を制し、

20年の歴史の中で、初めて『緑山』に完全優勝をもたらしたのだと言う。


「今でも語り草にしている先生は多いわよ。教授にしてみたら誇りでしょう。
トップに勝てたわけだし。だからこそ、学校も彼には期待した。しかし……」


真優はそこで首を振る。


「水田涼太郎は、これだけのアドバンテージを持っていたにもかかわらず、
受ける企業、受ける企業、全てで内定をもらえなかった」

「もらえない?」

「そう、もらえない、つまり落とされたわけ。
まぁ、入社試験は解くものだけではないから、面接とかもあるでしょう。
ようするに、頭はいいのかもしれないけれど、
社会人として、かけているということがわかったわけ」



『かけている』



私はその言葉に、敏感に反応する。


「かけている? 誰が? 涼太郎さんが?」


自分のことを言われて、今までだって腹を立てたことは何度もあった。

でも、母も真優も、こうと決めたら、一人で勝手に突っ走る。

それはそれ、わかってもらえなくてもいいと、今までは聞き流してきたが、

ここではなぜか自分自身が、『このままではダメ』と、必死に訴えてくる。

さっき外れていると言ったのは、本人である涼太郎さんだった。

もちろん、私はそれも否定したけれど、今度は違う。

真優がそんなこと、言っていいはずがない。


「涼太郎さんが社会人としてかけているだなんて、誰が言ったの?
少なくとも、私が見ているあの人は、社会人としてしっかり生きている」


そう、涼太郎さんが『かけている』だなんて、一度も感じたことがない。


「この部屋だって、私の突然の申し出だったのに、涼太郎さんが本当に頑張ってくれたの。
クリーニングを入れる時間がないから申し訳ないって、
夜勤前に1日かけて掃除してくれて。お店でだって、どんなに理不尽な客が来ても、
感情のままに訴えたりはしないし、バイトの学生をしっかり指導している姿も、
何度も見てきたもの」


脅しをかけるような客にも、また、身勝手に振る舞う客にも、

涼太郎さんはこびることなく、それでいて、反発するでもなく、

しっかりとお店と授業員を守っていた。


「真優はそうやって、誰か知らない人から聞いてきたことだけで、
人を判断しているのでしょう。私は……」



私は……



私は、何がなんだと言うつもりなのだろう。

こんな展開になると思っていない、真優の顔がそこにあった。


【6-4】



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