16 上司の部下

16 上司の部下


季節は5月を通り過ぎ、6月に入る少し手前、風は初夏の匂いをさせはじめ、

仕事のしやすい季節になった。

しかし、塚田は朝一番の新幹線に乗り、東京の本社へ急ぎ足で進む。

約束を取り付けた小田切は、両手を前で組み、タバコを何本もふかしながら、その到着を待った。


「何をやってるんだ、あれからもう1ヶ月以上だぞ。
このままじゃ、向こうが痺れを切らして、話が飛ぶことになるかもしれないだろ!」

「申し訳ありません。しかし、もうすでに3度出し直しをしているのに、
『クライン』側のOKが出てこないんです。どこをどう修正したら向こうの意向に沿うのかと、
正直、頭を悩ませている状態で、私自身、どうなっているのかと……」

「仙台支店には、アメリカ人より日本を知らないヤツしかいないのか!」


塚田の焦りは最高潮になっていた。深見の事故に対して、責任を取らせようとしたその時、

逆にそれを縁と感じ、大きな仕事が舞い込んだ。

さらに、各支店から仙台への旅行客が少しずつ増え、支店に来た客から、

亮介を名出しで指名されることもあった。


「驚きましたよ、深見さんを出してくださいって、長い間、旅行代理店にいて、
旅行客に指名されたことはないですからね」

「あはは……そりゃ、そうだろ、魚の美味しいところへ行きたいって言うからさ、
仙台はどうですかって、俺が勧めてみたんだよ、そうしたら、すぐに行く気になって。
現地でいい店まで教えて欲しいと言うから、ならば、仙台支店の深見亮介を
ぜひ、訪ねてくださいと付け加えておいたんだ」


京都支店の石原は、そう言いながら受話器越しに笑い出す。

亮介は、そうやって自分を囲む仲間たちが、出来る限りの支援をしてくれているのだと、

ありがたく思った。


さらに……。



『深見さん、仙台七夕ツアー、完売ですからね! 祇園山笠完売……よろしく!』



福岡の里塚からもメールが飛び込み、携帯で返信をする。

その他にも秋山や利香が、亮介にケガの回復にと、食べ物を送ってくることもあった。





塚田が小田切に責め立てられた、全く同じ日の午後。

亮介は軽部と二人、営業部で顔をつきあわせる。


「これ……どこ?」

「これは、お店じゃないんです。実は民家なんです」

「民家?」


亮介が頼んでおいた、『クライン』の社長の件で、軽部が出してきた1軒は一般の民家だった。

母親の友達が、以前は趣味で地元の野菜を使い、郷土料理を出して振舞っていたが、

年齢を重ねたためのれんを下ろし、少し中心部から離れた場所に、隠居しているのだという。


「松島へ行くのがスケジュールに入っているので、
そこからなら車でそんなにかからない場所なんです。昔のわらぶきを残した民家なので、
情緒もあるし、日本好きの会長なら、思い切ってどうだろうかと」


一緒に添えてきた写真の家は、確かに亮介から見ても魅力的なものだった。

しかし、すでに商売を辞めている人が、アメリカの大企業の社長を迎えることに、

抵抗感はないだろうか。


「言われました。私みたいな田舎のおばあさんが、迎えるような人じゃないって。でも……」


軽部はそこまで告げると、自分のファイルから、『退職願』を取り出し、亮介の前に置く。


「軽部、これ……」

「わかってました。深見部長が、塚田支店長ともめている理由のひとつが、
私のような、お荷物の社員をかばっているからだってことは……。
それなのに、なかなか自分自身に踏ん切りがつかなくて、甘えたままになってました。
でも、今回、これを出すつもりなんだと、それに、私が一番お世話になった上司が、
ピンチなんだって告げると、だったら……と、腰をあげてくれたんです」


軽部は仙台で生まれ、この大好きな仙台をみんなに愛してもらいたいという理由から、

旅行代理店へ勤めたのだ。亮介が最初に赴任した時に、

すでに咲と同じような受付の担当になっていて、慣れない土地のあちこちを、

教えてもらったこともあった。


「お荷物だなんて言うなよ。お前のように仙台を知り尽くしている社員が絶対に必要なんだぞ。
俺は今でもそう思っているし……」

「ありがとうございます。でも、もう一人、いるじゃないですか。仙台を知っている男が!」


軽部は昇平の父親の会社へ出かけている、太田のデスクを指差し、軽く笑う。


「息子の喘息もありますし、母と話し合って、そう決めたんです。
でも、今まで頑張ってきた自分の成果を、残したいと思って。
深見部長に、少しでも恩が返せるのなら、私はそれで十分です」

「軽部……」


軽部はその後も、女性ならではの小さなこだわりをたくさんつめた企画書の中身を語り、

やっとスッキリした気分になれたと、笑顔を見せた。





「守りたかったんだけどな」

「軽部さんのこと?」

「あぁ……」


その日の勤務を終え、亮介は家に戻ると、ソファーに座り、

軽部の出してきた企画書をテーブルの上に置いた。

咲はその予定表をパラパラとめくり、知らなかった場所や店の存在に、感嘆の声をあげる。


「すごい……さすが、仙台を愛しているっていう軽部さんね。
エ……ここなんて、私、何度も通ったことあるけど、気付かなかった」

「だろ。俺も結構わかっているつもりだったけど、ここまで出来なかった。惜しいよな。
こんな地道な努力を、しっかり評価できないなんて……」


咲は悔しそうに下を向く亮介を見た。

部長として、部下を守ってやれなかったのだと落ち込んでいる、亮介の膝を軽く叩く。


「いいじゃない。会社を去ることは、負けることじゃないもの。
軽部さんは逆に、見限って辞めていくのよ。
世話になった亮介さんにだけ、ありがとうって置き土産をしてくれた」

「見限られたか……」

「うん、社員一人一人の力を信用しない会社なんて、見限られて当然よ。
自分を守ってくれない人間が上に立っているんじゃ、みんな安心して仕事なんて出来ないもの。
本当なら、つぶれて解散! ってところだけど、でもね、まだ、会社には望みがあると思う」

「ん?」

「だって、深見亮介が残るもの!」


咲は、そう自信満々なセリフを言った後、軽部が出してきた書類を、丁寧に袋へしまう。


「言うねぇ……咲」


亮介は笑いながら、横にいる咲を引き寄せた。

すっかり治った亮介の肩に、咲はそっと頭を乗せる。

壁にかけてある時計の針の音だけが、規則正しく二人に届き、

止められない時の動きがそこにある。


「この、軽部さんの想い、無駄にしないでね、亮介さん」

「……あぁ、わかってる」


亮介は、退職願を出してきた軽部の顔を思い浮かべ、

さらに、近頃、少しずつ前向きになってきている太田の顔を思い出す。


「こんな時間もあと少しなのね。生まれたら大騒ぎなんだろうな……」

「ん? あぁ……」


肩に乗っている咲の頭の重さに、自分に任された責任の大きさを感じ、亮介は息を吐いた。

少しだけ顔を横に向けると、穏やかな表情で目を閉じている咲がいる。

亮介が右の人差し指で、鼻先に触れると、咲は自然に横を向き唇が重なっていく。

二人っきりの静かな夜は、甘いキスの香りを残し、ゆっくりと更けていった。




                                 深見家、新メンバー加入まで……あと29日






17 心の居場所 へ……




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コメント

非公開コメント

こんにちは!!e-319

「情けは人のためならず」まさに!ですね。
塚田が落ちていく中で、亮介さんのところには
仲間や部下の温かい気持ちが寄ってくる。
今までやってきたことの証ですね。

ホント!塚田いい気味、亮介さんの爪の垢でも飲んで少しは見習え!!

咲ちゃんの軽部さんは「会社を見限った」けど
「亮介さんには、ありがとうの置き土産をしてくれた。」には、“うんうん、そうだね”
と頷いていました。(また、変なおかんになってた。プププ・・)

『クライン』側に軽部さんの案が受け入れられるでしょうか?
最後の花道を飾って、塚田の鼻を明かしてやりたいですね。

塚田~!もっと、もっと堕ちろー!!ヒヒヒ・・
   (意地悪ばばあ、全開だー!)


    では、また・・・。e-463    

残念だわ・・・

残念だね~~上司に恵まれないってのは辛いとこだ。
でも亮介がいる、仙台支店は大丈夫!

塚田・・・思いっきりやられて来い!
そして徐に軽部さんの企画を、
ウフフ悔しがる塚田の顔が浮かぶv-8

わぁ!もう一月切った。早く出ておいで。
貴方のお父さんはめちゃくちゃかっこいいからv-354

大切なもの・・・

v-31塚田の苦虫を潰したような顔が想像出来ますね。
主題【上司の部下】ですが
    副題は【部下の上の上司】かな

“部下を育ててこなかった”塚田と
“部下を育ててきた”深見亮介の対比がお話を濃 い物になってますね

【自分が裁かれない為に、人を裁くのをやめなさ い。 あなた方が裁いてるその裁きであなた方 も裁かれる事になるのです。そしてあなた方が 量りだしているその量りで人はあなた方に量り 出すでしょう】 
【・・・いつもあたえなさい。】
      とある古い書物の言葉より

塚田と深見の対比読んでたら、↑の言葉を思い出しました。 ね!なんとなく解るでしょ!
心と心の繋がりが根底になきゃねと思うのよ。
亮介の危機に力を、知恵を貸す同僚、部下の存在ありがたいね。
軽部さんの作案、きっと気に入られるでしょう。

過去の歴史を見ても成功する人には、命がけでも
付いていく人(家来、部下etc)がいるって事ですよ 
人間=v-238信頼関係は大切です(きっぱり笑)

大河TVでも、タムドクでも証明してるよね
例えが【ぶっ飛び飛躍すぎかな】v-42

楽しみです~

今だ『クライン』からのOKを貰えない塚田
東京の本社まで呼び出されて
焦りまくる姿が目に浮かぶよう^^v

『親子自然教室ツアー』の時
>これは君のやり方と、僕のやり方…どちらが正しいか、証明するツアーだ。

なんて深見さんに向かって偉そうに言ってた塚田だったけど
まさにもう直ぐどちらのやり方が正しかったのか
塚田自信が思い知る時が来るのね
うふふ・・・楽しみだわ♪

軽部さんが想いの全てを注ぎ込んで立てた企画
どうか気に入られますように・・・

新メンバー加入まで…あと29日

うんうん、生まれちゃったら大忙し・・・
今のうちに
二人だけの穏やかな時間を楽しんでね^^


イヒヒ……

mamanさん、こんばんは!


>塚田が落ちていく中で、亮介さんのところには
 仲間や部下の温かい気持ちが寄ってくる。

ねぇ、人とのつながりって大事ですよね。
そこら辺の塚田の状況は、次回に出てくるんですけど。
亮介が今まで、どんなふうに生きてきたかが、
わかるように、書いてみました。


>塚田~!もっと、もっと堕ちろー!!ヒヒヒ・・

mamanさん、面白すぎ(笑)

仙台支店の現状

yonyonさん、こんばんは!


>残念だね~~上司に恵まれないってのは辛いとこだ。
 でも亮介がいる、仙台支店は大丈夫!

会社は一人では出来ないからね。
上司がとんでもないと、苦労するのは部下なのです。


>わぁ!もう一月切った。早く出ておいで。
 貴方のお父さんはめちゃくちゃかっこいいから

やっと、1か月を切りました。
残り数回も、お付き合いお願いしますね。

塚田と亮介

ナタデココさん、こんばんは!


>“部下を育ててこなかった”塚田と
 “部下を育ててきた”深見亮介の対比が
 お話を濃い物になってますね

部下の意味をどう捕らえるか……、
そこが二人の違いじゃないかなと思いながら書いてました。
ナタデココさんが書いてくれた、古い書物の言葉、
本当にその通りですよね。

信頼関係の対比、もう少し続きます。
いつも楽しいコメント、ありがとう。

決戦間近

バウワウさん、こんばんは!

部下を信用しない塚田と、部下を信用する亮介
その違いが出始めている、今日この頃です。


>どちらのやり方が正しかったのか
 塚田自信が思い知る時が来るのね

来るんですよね……(笑)

やっと1か月を切りました。
残り数回も、ぜひぜひ、お付き合いしてくださいね。

上司次第

yokanさん、こんばんは!


>咲ちゃんの言うとおり、軽部さんは会社を見限ったのよ。
 あんな上司が居るような会社はこっちから願い下げだよね。

そうそう、上司の善し悪しで、職場の雰囲気って代わりますよね。
塚田と亮介を、色々な意味で、対比させながら書きました。

さて、亮介の出番は……もうちょっと待ってね!

上司と部下の関係は・・・

こんにちは^^

やっとこれた~!
(UP後に読んではいたのよ^^)

亮介と塚田の対比のような構図が見えてきたね。
悪役”塚田”の転落劇がこれから展開されてくるのでしょか。

でも一歩引いて見ると、塚田支店長は、非情ではあるけれど、思い切りのいい決断力のある人なんだよね。
本社が長すぎたのかな?現場とのコミュニケーションのとり方が下手なだけ。
今までは、ごり押しで進んできた物事が、今はそうはいかない状況になってるけど・・・なんてことを思ったのでした。

こんな人も、会社に必要なんじゃないかって、ちょっとうがった見方をしている私です^^;
(こんなコメントがあってもいいよね はは・・・)

夫婦の静かな時間
そうそう、生まれたらkissどころじゃないよ^m^
もうすぐだね^^

塚田支店長

なでしこちゃん、こんばんは!


>でも一歩引いて見ると、塚田支店長は、非情ではあるけれど、
 思い切りのいい決断力のある人なんだよね。
 本社が長すぎたのかな?
 現場とのコミュニケーションのとり方が下手なだけ。

そうそう、私のいつものくせなのか、悪役でも100%じゃないんだよね。何かがあるの(笑)
塚田は現場が怖いんだよね。今まで、そういった人達を裁く立場にいて、
切り捨てられた人達のことも、ずっと見てきたから。あぁなりたくないって気持ちは強いと思う。

見方はおかしくないですよ。

深見家の赤ちゃん。
もうすぐ、いや、やっとここまで……
早くお腹から出してあげないとね(笑)