9 『権利』を取ろう 【9-3】


【9-3】


「ありがとう、真梨ちゃん」

「いえ」


私は仕事を終えて、『スコッチーズ』に立ち寄った。

仕事を終えていた珠美さんに出てきてもらい、約束の引換券を渡す。


「あぁ……助かった」

「なんだよ、またバッグか。典之に呆れられるぞ」


何も知らない陽太郎さんが、そう言って珠美さんをからかい出す。


「いいでしょう、陽ちゃんには迷惑を一切、かけていないから」


珠美さんは私の方を見た後、軽くウインクをしてくれた。





退職が決まっている2週間、私は求人誌を買い、『この先』を考えていた。

それでも『満足』というキーワードにぶつかりそうなものはなく、

ため息が重なっていく。誕生日が来て、珠美さんからシューズをもらった山瀬さんは、

とても嬉しかったのか、『スコッチーズ』にも毎日、その靴を履いてくるらしい。

飾っておかなくていいのかと、陽太郎さんはからかったようだが、

『いつも身につけていたい』という、のろけに近い台詞を言われ、

目が点になったと、笑っていた。



そして、私の最後の出社日。

本社に立ち寄るわけでもなく、先輩の鈴木さんから声がかかるでもなく、

あまりにもあっさりと仕事が終わる……はずだったのに、その日の夕方、

携帯が大きく鳴り出した。


『前原鮎』


同期入社をしたもう一人。

私はその日の夜、前原さんと食事をすることにした。

元々、初めて会ったときから、口数の多い人ではなかったし、

休み時間もあまり人と絡むことはせずに、外へ一人で食事に行くような人だった。

だから、こんなふうに会いましょうと言われたことに、実は自分が一番驚いている。

互いに注文を済ませ、それぞれが食事を続けていく。

それにしても、向こうが誘ってくれたのに、何も聞かれないのだろうか。

さりげなく時間を見ると、30分経っていた。


「あの……」

「なぜ、女の評価を下げてしまうのですか」


それなら自分から話を切り出そうとしたら、見事に切り替えされた。


「評価? えっと……」

「男が女を思うままに使おうとするのは、歴史的にも繰り返されてきたことです。
だからこそ、この現代、自分の力で跳ね返すべきでしょう。尾田さん」

「はい」

「あなたがしたことは、また、犠牲者を作る行為にほかなりません」


前原さんは、私や君野さんと同じように、先輩と動き、やはり同じように、

取引先の偉い人から、気に障るようなコメントを何度も言われたという。

それでも、ひるむことなく頑張っていたら、逆に褒められたそうだ。


「君の下着の色は白かと、言われたことがありました」

「エ? あ、はい?」


下着の色……私は驚き、一瞬身構える。


「もちろん相手は酔っています。でも、コメントはコメントです。
ですから私は、気になるのならお見せしましょうかと、そう言いました」

「お見せする? エ……そう言ったのですか」


驚いた。恥じらったり、困ったりではなく、見せると言うとは。


「はい。下着を見せるくらい、どうってことないですよ。男なんてみんなそうですから。
ただ、それは私にも覚悟がいることなので、部長も覚悟を持っていただけますかと、
そう言いました」


前原さんは、人にそういうことを言い、からかうことのデメリットを、

相手に迫ったらしかった。それに怒り出す人もいたそうだが、

それをあっぱれと褒めた人もいたという。


「その後、『キャットボン』を私は自分でさばきました。私には物を売る力があると、
会社も認めたのでしょう。仕事の内容も、少し変わってきています」


前原さんは、そこまでどうして我慢出来ないのかと、私に強く言う。


「すみません」


強く出られると、とにかく謝ってしまう私の条件反射。


「尾田さん。あなたのように、何でも中途半端に取り組もうとする人がいるから、
この世の中はいつもおかしなことが起きるのです」


私はどうも、お説教をされているようだった。

同期が会社を辞める日だから、頑張ってねと送り出してくれるのかと思っていたのに、

そう甘くはないらしい。

会社も先輩もあっさり見送ってくれたのに、同期にこれだけ言われてしまうとは。

『とほほ』の気持ちになる。


「いいですか、うちは3月の末に、内定をよこすような企業ですよ。
そもそもまともなわけがないでしょう」


前原さんは、自分は覚悟を決めて仕事を始めたのだと、力強く言う。

『まともなわけがない』というコメントに、私は落ち込み気味の気持ちが、

逆にシャキッとする。

この人は、すごい人だと、そう思って……


「私はこのまま『ブラインドラベル』にいようなんて、思っていません。
アンテナを張り巡らせて、上に行きます」


前原さんの言葉に、私はただ頷く。


「尾田さん」

「はい」

「あなたも次は、いえ、次こそは、あなたに見合うような場所を、
ここならやれると思う場所を選んだほうがいいですよ。
甘えばかりでは、進歩どころか退化しかねませんから」


『退化』するのだろうか。

しかし、そこまで言うと、前原さんは急に笑顔を見せてくれる。


「君野さんも尾田さんも、二人とも優しそうだったから……。
きっと、無理だろうなと、私、最初から思っていました」

「前原さん」

「頑張ってくださいね」


ジェットコースターのような急降下、急上昇の会話だけれど、

前原さんは彼女なりに、私を励まそうとしてくれたのかもしれない。

人はそれぞれ性格があるから、同じようなタイプばかりではないから……


「前原さんも、頑張ってください」

「もちろん」


そこからはしばらく世間話などをして、

どこかで一度、君野さんも含めて会いましょうと、

再会の約束まですることになった。


【9-4】



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