10 『過去』は流そう 【10-1】

10 『過去』は流そう


【10-1】


夜の12時。日付が次の日に変わった。

下の『スコッチーズ』は、年中無休、24時間営業のお店だから休みはない。

でも、朝ほどには忙しい時間とも言えないだろう。

今日の夜勤は二人。その一人が涼太郎さん、

それは、さっき珠美さんが見せてくれたシフト表で確認済み。

私は就職用に書いてあった履歴書を1枚封筒に入れ、そのまま下の店へ向かう。

中に入る前、涼太郎さんの存在を確認しようと思い、

『スコッチーズ』のロゴシールの隙間を見る。

知らない男性と、夕方、珠美さんと一緒にお店にいた山瀬さん、

そして涼太郎さんの3人が見えた。


「いらっしゃいませ……」


中に入ると、いつものように挨拶を受けた。

入った私より、迎えた涼太郎さんの方が、驚いている。


「こんばんは……どうしました」


涼太郎さんは、部屋の設備にトラブルでもあったのかと、

大家さんとしての心配をしてくれる。


「涼太郎さん、少し話をしてもいいですか」

「話?」


私の手に封筒を見つけた山瀬さんが、『真梨ちゃん』と近づいてくる。


「珠美の言うこと、気にしたんだろ。いいんだよ、そんなこと」

「何?」


私は山瀬さんに、ここへ来たのは自分の意思だからと、きちんと言い切った。

確かに、珠美さんからお店のことを聞かなければ、

涼太郎さんのピンチなど知らずに、ここでバイトをしようなど思わなかっただろう。


「涼太郎……。珠美がさ、真梨ちゃんに人手不足をぼやいて。
手伝ってくれないかって、夕方言っちゃったんだ」


山瀬さんは申し訳なさそうにそういうと、とにかく奥で話をしてと、

涼太郎さんにも言ってくれる。


「とにかく入って」


私は『はい』と返事をし、涼太郎さんに続いて、事務所に入った。

授業員でもないのに……って、まぁいいや。

涼太郎さんは簡易椅子を出してくれたので、そこに座る。


「今、典之が言っていたこと、本当?」

「はい。でも、珠美さんが無理に誘ったとか、そういうことではないです。
変なことを言ってごめんねと謝られましたから。でも、私自身、部屋に戻って、
自分で考えて、もし、お役に立てたらと……」


学生時代は、ウエイトレス程度しかしたことがないので、

コンビニのことは1から学ばなければならない。私はそれを涼太郎さんに話す。


「朝だけ、昼だけという勤務では、お金も少なくなってしまうので、
その腰を痛めたパートさんと、涼太郎さんのお母さんが入れない分と、
両方、私にやらせてもらうことが出来たら……。それならと」


少しずうずうしいだろうか。

戦力になるかどうかもわからないのに、すっかりその気になっていて。

涼太郎さんは出した履歴書を見ないまま、黙っている。


「ダメ……でしょうか」


採用を決めるのは涼太郎さん。私ではない。

挨拶をしたり、ちょっとしたことで話をする程度ならいいけれど、

仕事となれば、誰でもいいというわけにはいかないだろう。


「尾田さん、気持ちだけ受け取らせてもらうよ」


涼太郎さんは、今は就職を探す大事な時期だろうと、

当たり前の意見を私に言ってくれた。


「まぁ、大変は大変なんだけど、2、3ヶ月だし、
俺がどうにか出来る範囲だと思うし……」


そう、そう言われるだろうと言うことも、心のどこかでわかっていて。


「涼太郎さんはサイボーグではないですよ。体は疲れるし、気持ちだって、
いつも100%ではいられないですよね」


私は、履歴書の中身を自ら出して、涼太郎さんの前で広げて見せた。

これでも考えて結論を出した。何も触れてもらわないままだなんて、それは困る。


「私、今までの人生、いつもその場しのぎでした。
試験勉強も2日くらいしか集中力続かなくて。目立ったことも、何もしませんし。
だから、母にはいつも『まぁ、真梨はそんなものだよね』と、望まれたという思いを、
一度も持ったことがありません」


学校の成績表を持って帰っても、母が先に見るのは、いつも優秀な妹、

真優の方だった。その成績と先生からの評価を見た後だと、

私の成績をどうのこうの言おうという気持ちがなくなるのだと、

笑われたこともある。


「でも、珠美さんからシフト表を見せてもらって、
涼太郎さんが頑張ろうとしているのを……いや、みなさんがそんな涼太郎さんに、
無理をさせたくないと思う気持ちが、痛いほどわかって。
こんな私に、一緒にと言ってもらえたことが、求められていると言うことが、
とても嬉しかったです」


相変わらず、まとまらないアピールだと思う。

これじゃ、就職先にも、あれこれ落とされるはずだ。


「でも……」

「涼太郎さんが頑張っているのを、見ていることしか出来ないお父さんやお母さんは、
きっと、気にしてしまうのではないですか? ほら、私の部屋の掃除の時に、
言っていましたよね。自分だと気づけなくてって」


相手の気持ち。

私は、涼太郎さんがもし、具合でも悪くしたら、お店が大好きで、

リハビリをしているお父さんが、迷惑をかけるのなら退院せずに病院へ行く方がいいと、

考えてしまうのではないかと言うことも話す。

そこまで少し厳しい顔つきだった涼太郎さんが、

私の言葉に、『何かを思い出した』という目に変わった。



「親父が……」

「はい」


涼太郎さんの手が、初めて私の履歴書に伸びてくれた。

今思うと、撮った写真、なんだかカチコチの顔。


「これ、ものすごく緊張してる顔だね」

「……気づきました?」


涼太郎さんは表と裏を見た後、封筒に戻してくれる。


「確かに、拝見しました。これは戻します」

「ダメだということですか」

「いや、これだけ立派な履歴書は必要ないからさ。
尾田さんが本当の就職先に行くとき、使えるだろう」


涼太郎さんは、そういうと、ファイルの中から、B5サイズの用紙を出してくれる。


「あらためて、これに書いて出してください。『スコッチーズ』にも、
どういう人が働いていますと、見せないとならないから」

「あ……それなら」

「ご迷惑をかけて申し訳ないですが、ぜひ、助けてください」


涼太郎さんはそういうと、頭を下げてくれる。

私はすぐに立ち上がり、同じようにお願いしますと頭を下げた。


【10-2】



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