10 『過去』は流そう 【10-3】


【10-3】


「……と、ここまではどう? 何か質問があるかな」


レジの基本、そして、『スコッチカード』の扱い方。

さらに、支払い方法の選択の仕方など、2時間の間に、一気にことが進む。


「今のところ、頭では理解しているつもりですが……」

「まぁ、実際にお客様が前に立たないとね」


涼太郎さんにそう言われ、そうですねと頷いていく。

そろそろ、夕方勤務の人たちが来るかもしれないという時間、

お店の扉が開き、そこに涼太郎さんのお父さんとお母さんが姿を見せた。


「尾田さん……は……」


名前を呼ばれたので、私は『はい』とすぐに返事をする。


「あぁ……どうも、水田です」

「尾田です」


私はカウンターの中から、涼太郎さんのお父さんにしっかりと頭を下げた。

お二人はゆっくりと店内を進み、事務所に入っていく。


「尾田さん、来て」


一緒に入ってきたお母さんから、そう声をかけられたので、私も中に入る。

お二人は、病院に行った帰りだと話し出した。


「リハビリをしてね、今日は先生に褒められたんだ」

「そうですか」

「あなたの勤務が5時までだろうと思ったからね、頑張って急いだよ」

「お父さん、そんな言い方をしたら、尾田さんが気を遣いますよ、ねぇ」


私は『いいえ』と首を振る。


「今回は、本当にありがとうございます」


お父さんはそう言いながら、頭を下げてくれた。

私は、どう対応していいのか、わからなくなってしまう。


「涼太郎からお話を聞いて、本当にありがたくてね」

「いえ……」


お父さんは、店内を撮影している『カメラ』の映像を見ながら、

そこに映る涼太郎さんの姿に、手を伸ばす。


「あいつに、これ以上迷惑をかけるくらいなら、病院に戻ろうかとも思ったが、
自分の家が、やっぱり嬉しくてね」


お父さんの言葉。

お母さんの無言で頷く姿。


「涼太郎は、小さい頃はとにかく体が弱くて、
いつも私たちの後ろを追いかけてきていたのですよ。
今はそんなこともないですが、だからなのか、
自分が頑張らないとという気持ちだけは、人一倍強くてね」


涼太郎さんの小さい頃のこと。

知らない話だったけれど、私は頑張りの部分に納得できたので、『はい』と頷いた。



「失敗など恐れずに、楽しく仕事をしてくださいね」



失敗など恐れず……



私の心に、この言葉が大きく残る。

今までの人生、たいしたことが出来るわけではないのに、

『失敗』だけは常に恐れていた。

母にまた、『ガッカリ』というキーワードを出されたくなかったこともあるし、

人の輪から外れてしまうことが、とても怖かったから。


「ありがとうございます」


その日は、主にレジの対応と操作の仕方、それをとにかく学び、研修が終了した。

着替え終えて、夕方から入るはずの珠美さんを待つ。

それから数分後、事務所に駆け込む音が聞こえ、飛び込んできた珠美さんに、

思い切り抱きしめられた。


「真梨ちゃん、真梨ちゃん、あなたは女神よ!」

「珠美さん、それはオーバーですよ」

「いいって、いいって、私、女優ですし」


珠美さんは、本当にありがとうと、あらためて言ってくれる。

私は、ボランティアではないですからと言うと、今日も一生懸命研修したことを話す。

珠美さんは、頷きながら聞いてくれた。


「最初はね、あれこれ覚えるから大変だと思うだろうけれど、
覚えてしまえばそれの繰り返しだし」

「はい」


事務所の中でそんな会話をしていると、

いつもの低いテンションで、陽太郎さんが顔を出した。

私がいることに驚くかと思い、『こんにちは』と明るく挨拶をしたら、

顔を一度見ただけで、『うん』と頷かれてしまう。


「テンション低いですね、陽太郎さん」

「コンビニ仕事を始める前に、『気合い』なんて入れられるのは、
アニマル浜口とその関係者くらいだろう」


陽太郎さんはそういうと、首を軽く回す。


「で、涼太郎のマンツーマン指導はどうだった?」

「エ? あ、えっと……」

「あいつに手取り、腰取り、教えてもらったか?」



腰取り?



「陽ちゃん、何その下品な言い方は。陽ちゃんではないからね、
女の子の腰を涼太郎は触りません」

「おぉ……そうだった。あいつはいい人のお面をかぶった、偽善者だからな」



偽善者……



陽太郎さんが涼太郎さんのことを話すとき、時々こんなふうにきついときがある。


「陽太郎さん……」


私は涼太郎さんのために、口を開こうとしたが、その時、

この後、夕方もロングで勤務をする赤橋君が、事務所に顔を出した。


「どうしたの」


珠美さんは制服に着替え、声をかける。


「すみません、今、水田涼太郎を出せって、妙に高飛車の男が来ました」


赤橋君は、店の中に声が漏れないよう、ボリュームを低くしてそう言った。

涼太郎さんは、少し前に、3階の家に戻ったはずだけれど。


「誰だよ、高飛車って……」


興味を持った陽太郎さんが、そのまま外に向かう。

私は、扉のその隙間から店の中を見る。



サングラス姿、スーツ。高飛車な態度。



どこかで……


「あ!」

「何、真梨ちゃん」

「あの人だ、あの人です」


そう、山瀬さんのために珠美さんが買うと決めたシューズ。

その引換券をゲットしに行った時、突然現れたビルのオーナーの息子。


「伊集院……えっと、そうだ、伊集院智」

「何、それ」

「この間、シューズの引換券の日。並んでいたときに急に現れて。
なんの列だ、どういうことだって、結構高飛車に聞かれました。
あ、そうだ、珠美さん『ズガッとした……』ってどういう意味ですか?」

「何言っているの、真梨ちゃん」

「いや、あの……あの人が、並んでいる人達を見て『ズガッとした列』だとか、
なんだとか……」


珠美さんの不思議そうな顔。


「あ、いいです」


私は、事務所の扉の隙間から、お店の中を見る。

陽太郎さんは興味本位に出て行ったようだが、

伊集院さんは、涼太郎さんだと思ったのか、明らかに表情を変えた。


【10-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント