10 『過去』は流そう 【10-4】


【10-4】


「おぉ……久しぶりだな、水田」

「お前、誰だ」


そう、陽太郎さんは涼太郎さんではないから、当然そうなる。


「ふっ……」


伊集院さんは、このタイミングでサングラスを外し、

あのかわいらしい目で、陽太郎さんを見た。

だからといって、陽太郎さんの態度は、もちろん変わらない。


「そんな芝居を打つな。お前の記憶から俺が抜けるわけないだろう。
人生の最高値をあのとき経験したお前が、その後どうしているかと気にしていた」


伊集院さんは、涼太郎さんを知っていると言うことなのだろう。

それにしては、陽太郎さんとの区別が、ついていないみたいだけれど。


「血糖値だか、経験値だかしらないが、買い物をしないのなら、そこをどいてくれ」


伊集院さんが場所を取っているため、レジは赤橋君が一人、対応する。

この間、建物の全容を見ようと道路に出てしまったことといい、

この人、距離感とか、周りの雰囲気とか、読めないのだろうか。


「フッ……。俺はひまなわけじゃないんだ。今日は言いたいことがあったから、
そのためにきた。いいか、俺とお前の勝負は、あの日に終わったわけではないからな。
色々と手を尽くして、やっとあらたな対決の舞台を手に入れた」


伊集院さんは、指で道路の向こうを指している。


「あ……」

「今度は何、真梨ちゃん」

「そうだ、あの人のブログに書いてありました。向かい側のほら、美容室のあったビル。
あそこ、自分が買ったようなこと」

「買った?」


そうだった。『SATORUブレンド』。

となると、これから仕掛けてくるということだろうか。


「いいか、水田。『緑山のプリンス』などと言われて、浮かれるなよ」



『緑山のプリンス』



それも、どこかで聞いたことがあったけど。


「あ……なんだお前、伊集院か」


陽太郎さんは、伊集院さんを指さし、笑い出す。


「ん? なんだ」

「なんだじゃない。勝負だとか言って、俺と涼太郎の区別もつかないようじゃ、
今度も何をするのか知らないが、勝てるわけがないだろう」


陽太郎さんは、

『涼太郎が来たら来たことだけは話すから、さっさとどいてくれ』と、

伊集院さんを手で払ってしまう。


「お前、水田じゃないのか」

「いや、水田だ」


何を言われているのかわからない伊集院さんは、後ろに立っていた男性に、

にらみつけられ、場所を譲る。


「何、あれ……」

「簡単に言うと、涼太郎さんのライバルってことですかね」

「ライバル?」

「はい。真優から聞いたことがあります。
『マスコン』で、涼太郎さんが歴史を変えたって」


慶西、桜北、修南工業大学しか勝てない数学の大会に、涼太郎さんの力が爆発し、

『緑山大学』が初めて完全優勝を勝ち取ったということ。


「あいつ、涼太郎に学生時代負けたと言うこと」

「おそらく、そうだと……」


細かくはわからないが、言葉の内容をつなぎ合わせていくと、

そうなるのではないだろうか。


「いいか、とにかく……」

「はい、ありがとうございました」


陽太郎さんの声に圧倒され、

さらに、タバコを買いに来た工事現場のおじさんたちの人数の多さに、

何やら涼太郎さんに言いに来たはずの伊集院さんは、

言いたいことの全てが吐き出せないまま、店を出て行ってしまった。





その日の研修を終えてから、私は部屋に戻り、ネットで調べてみた。

伊集院さんのブログ『SATORUブレンド』。

トップの写真は、先日のコーヒーを飲む伊集院さんの姿から、

携帯でどこかに電話をし、話している姿に変わっている。

もちろんモデルは伊集院さん自身だけれど。



『ここから、私の新たな旅(チャレンジ)が始まる』



『旅』という漢字を、わざわざチャレンジと読ませたいらしい。

面倒くさい人だなと、大して事情を知らない私でもそう思う。


この文章の下に、確かに『スコッチーズ』の前に立つビルのことが書いてあった。

『ロギック』が手に入れたとなると、これからどんなものが出来上がるのだろう。

自分がプロデュースすれば、経営では失敗などあり得ないと、

自信満々な台詞が、ちりばめられている。



『私のアドバイスを実行すれば、あなたもso happy』



またこれだ。



『マスコン』



これもネットで調べていくと、確かに真優が言っていたとおり、

涼太郎さんが3年生の時、緑山は個人と団体、両方で優勝をしていた。

その時の個人戦2位、それが慶西大学の伊集院智となっている。

人生の中で、優勝はおろか、2位という順位も得たことがない私にすると、

この結果のどこが悪いのか全くわからずに、首を傾げるだけだった。





次の日も同じ時間にお店へ出ると、待っていてくれたのは、陽太郎さんだった。

涼太郎さんがよくしているように、

PC画面を見ながら、何やら仕事をしているようだけれど……


「おはようございます、陽太郎さん」

「……やはり、気づいたか」

「気づかない方がおかしいでしょう」


私はそう言いながら、制服を着始める。


「だよな、あのバカ伊集院は。何がライバルだ。それなら正確に判別しろって言うんだ」


陽太郎さんは、急に姿勢を崩す。

あの後、珠美さんから、私が伊集院さんを見ていたことも聞いたようだった。


【10-5】



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