11 『迷い』は捨てよう 【11-1】

11 『迷い』は捨てよう


【11-1】


「それでは、今日はここまで」

「はい」


3日目の指導者は、涼太郎さん。

さすがにレジに関するものは、一通りこなせるようになってきた。

明日からは実際に朝勤務に入ることも、許可してもらう。


「尾田さん、覚えるのが早くて助かるよ」

「いえ、今は研修だと思っているし、比較的お客様が少ない時間なので、
せかされることもありませんから、なんとか出来ていますけど、でも、
まだまだイレギュラーなことは自信がないです」


当たり前ではない行動をするお客様に対して、うまくこなせるだろうかと、

私は不安の種を口にする。


「誰でも、最初はわからないから、大丈夫だよ。
そのためにトレーニングバッチをつけているわけだから」


涼太郎さんの言葉に、私は『はい』と返事をする。

小さな力だけれど、お役に立てるかもしれないと思えば、もっと、もっと、

向上したいと、自然に思えてくる。


「そうだ……尾田さん、このあと……」

「ねぇ、真梨ちゃん、陽ちゃんとデートなんだって?」


涼太郎さんの言葉に、遠慮無く事務所に飛び込んできた珠美さんの言葉が、

かぶさってしまう。


「エ……珠美さん、あの」


しかも、陽太郎さんから聞いたという、昨日の話題。


「いやぁ……もう、やだ」


盛り上がっている珠美さんから、私の視線は、涼太郎さんに移る。

特に何か言われていないけれど、今の、聞こえていたよね、絶対に。


「何よ、陽ちゃんと真梨ちゃん。二人はいつの間にそんなことに」

「あの、珠美さん。いつの間も、何もありません。昨日、ちょっと、あの……」


どうしよう。陽太郎さんが涼太郎さんのことを悪く言ったので、

それをフォローした私と、なんとなくギクシャクして、その後、

お互いにって、今ここで説明がつかない。

それに、今、涼太郎さんが『このあと』って私に聞いてくれたのに。



『このあと』の続き……聞きたいのに。



「ねぇ、初デートは何をしに行くの? 食事? それとも遊園地とか?」


珠美さんは、近頃山瀬さんとデートらしいことをしていないと、嘆き始める。


「珠美さん、落ち着いてください。陽太郎さんがふざけて言っているだけです。
デートって言うほど、そんな大げさなものではないですから。
陽太郎さんが私に気を遣ってくれただけで」

「気を遣う? 陽ちゃんが? あいつそんなタイプかなぁ。
まぁ、それにしてもなんだっていいじゃないの。気に入らない人間に、
デートなんて言わないわよ。真梨ちゃんさえ心を決めてくれたら。
陽太郎は、色々と面倒な男ですが、気はいいやつで……」

「いえいえ、私は……」



私は……



私が、デートをしたいのは……



「珠美。返品予定の雑誌、まとめておいてくれないか」

「了解!」


涼太郎さんは珠美さんに指示を出すと、『お疲れさま』と言いながら、

私の横を通り過ぎてしまう。



『このあと』が、聞けなくなってしまった。

涼太郎さん、何を言おうとしたのだろう。

『何を言おうとしたのですか』って、聞きたいけれど、お店に出てしまったし、

わざわざ聞くのはおかしいよね。



『このあと……』



あと1分、珠美さんが遅れて入ってきてくれたら、

何を言うつもりだったのか、聞けたのに。

全然、たいしたことがない、『このあと』かもしれないけれど、

そう、ものすごく低い確率でも、もしかしたら……

『このあと、時間があるなら、食事でも』と、続く可能性がなかっただろうか。


「疲れた? 研修」

「エ? 今、ものすごく疲れたという思いが、押し寄せてきました」

「何それ、おもしろいね真梨ちゃん」


珠美さんには罪はないけれど、今は、予想以上に落ち込んでいて、

少しひきつった笑い顔しか出来ないみたいです。

私は『お先に失礼します』とお店を出て、ため息をつきながら、階段を登った。





『このあと……』



テーブルに、研修で覚えたことを書いたメモを置き、

いつものように復習をすることにしたが、『このあと』に頭は支配されたままで、

覚えたことを思い出すこともままならない。


「はぁ……」


結局、テーブルに頭をつけてしまう。

私はやっぱり、一生タイミングの悪い、かみ合わない人生を送る女なのだろうか。


『今、涼太郎さん、何か言いかけましたよね。あらためてどうぞ』


なんて、真優ならかわいく言うだろう。

いや、真優なら……


『もしかしたら、食事にでも誘ってくれようとしてませんか? やだ、嬉しいです』


と、先回りをして、少し上目遣いくらいするかもしれない。


こんなふうに部屋へ戻って、一人になれば、私も考えることは出来ているのに、

あの瞬間は、おろおろして、涼太郎さんの顔色を見るくらいしか、思いつかなかった。

少し頭を上げて、もう一度下におろすと、『ガツン』と意外に大きな音がした。

思わず手をおでこに当てる。


「はぁ……」


携帯の音。誰からだと思ったら、真優だった。

私は受話器を取る。


「はい、もしもし……」

『真梨? ねぇ、10時くらいに行くから、3万円貸して」

「エ? 3万? どうして……」

『いいから、説明なんかしている時間はないの。とにかく、10時だからね』


真優は自分勝手に電話を切ったので、耳にはツーツーの音しか届かなくなる。

時計を見ると、銀行のATMが無料の時間は、もう過ぎていた。

財布の中を見ると、1万円札の福沢諭吉は、お一人様しかいない。

どうして私がお金を貸さないとならないのよと思いながらも、

何か大変なことがあったのではないかと、別の心配が浮かびあがる。

とにかくお金をおろして、夜10時だと思い、財布を持つと部屋を出る。

そろそろ夜の7時になる。202の石田さんが言っていたように、

今日は、『スーパー』でパンコーナーの値引き品も、見てみようか。

階段を降りながら考えていると、下から上がってくる涼太郎さんと目があった。


【11-2】



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