11 『迷い』は捨てよう 【11-2】


【11-2】


「あ……こんばんは」

「こんばんは」


涼太郎さん、あの後、品物の発注を終えて、今、戻ってきたのだろうか。

それならきっと、まだ、何も食べていないかもしれなくて……

1歩、1歩、私は下に、涼太郎さんは上に……



あと、数歩ですれ違う……



「あの……」

「はい」

「これから、買い物?」

「はい」


私は手に持っていた財布を、思わず背中の方へ動かしてしまった。

これから、スーパーの値引き品を買いに行くなんて、わからないだろうけれど、

でも……


「それなら……このまま、食事に行かない?」


『食事』という言葉が、人生で一番輝いた言葉に思えてくる。


「迷惑かな」

「いえ、行きます。はい……」


私は大チャンスを逃さないように、すぐに返事をした。





私と涼太郎さんは、駅から5分ほど歩いた場所にある、

『コレック』というファミリーレストランに向かった。

子供から大人まで客層が広いだけに、メニューは、洋食も和食もなんでもある。


「食事になんて言って、あまりにも近所だね」

「いえ、その方がいいです。メニューも慣れているものが多いですし」


こじゃれた店に入って、何を書いてあるのか、材料がどんなものなのか、

首を傾げるようなメニューなど、今日はいらない。

いや、ファストフードでも、居酒屋でも正直、なんでもいい。

涼太郎さんと一緒に、向かい合えているということだけで、十分に満足。

私は『シーフードドリア』のディナーセットを頼み、

涼太郎さんは『ステーキグリル』のセットを注文する。

互いにメニューを見るという行為がなくなった分、

しっかり向き合っていることがわかり、なんだか急に緊張してきた。


「尾田さん……」

「は……はい」


まずい、赤橋君みたいに、声が裏返った。


「尾田さんが、うちを手伝うと言ってくれた後、一度はお願いしますと言ったものの、
やはりずうずうしいのではと考えて、俺、再度、お断りをしようかと思ってた」


涼太郎さんのお父さんが退院したことで、仕事に出にくくなったお母さんと、

腰を痛めたパートさんの代わり。


「期間も、2ヶ月くらいしかないかもしれない。
その分、就職活動が遅れるしと、色々考えて」


涼太郎さんなら、当然そうだと思う。

人に迷惑をかけるくらいなら、自分が人の倍働けばいいと、考えるだろうから。


「でも、夜勤を終えて家に戻って、
実は、手伝いを申し出てくれた人がいたと言った時の、親二人の顔が、
とっても嬉しそうで……特におふくろが」


喜んでくれたのはお父さんよりもお母さんだったと、

涼太郎さんは話してくれる。


「おふくろは、やっと戻ってくる親父のために、介護のタクシーを呼んで、
普段行かないような友達の家に行くとか、そういうことをしたかったと、
初めて言われて」


『介護タクシー』というのは、車椅子などが直接乗れるタクシーのこと。

扉の開き方とか、乗りやすさも研究されていると、以前、大学の授業の中で、

社会学の先生が言っていた。


「俺が頑張っているのを見ると、嬉しいのと同時に、つらくもなると……」


お母さんは、涼太郎さんに無理をしないでくれと言ったことも教えてもらう。


「そんなに無理をしているとか、自分では考えていないのに。
でも、どうも周りにはそう思われるみたいで。
あ、ほら、尾田さんが越してくる前にも俺……」

「部屋の掃除ですよね」

「そう。あれも、言われたよね。ここで俺がまだ頑張っていたら、
家で休めないというようなこと」

「はい」

「あぁ、またこれかと」


涼太郎さんは、『加減』がわからないのかなと、首を傾げてしまう。


「陽太郎をうらやましく思うんだ。あいつは人付き合いがうまいから、
いつも周りに友達がいて、人を頼ることも、甘えることも、逆に人のために立つことも、
とにかくうまい。相手の気持ちもわかるし、自分の気持ちもしっかり見えて」


確かにその通りだと思った。

陽太郎さんの周りには、たくさんの人がいる。

珠美さんたちもそうだし、大学からの仲間、そして細貝先生、

イラストの仕事もしているから、そういったつながりもあるだろう。


「尾田さんの思いに、甘えさせてもらいますと、ちゃんと伝えているのかどうか、
自信もなくて。話をしようと思っても、仕事だなんだといつもバタバタで」


涼太郎さんが、『ふぅ』と息を吐く音が、耳に届いた。

言い切れたという安心感とか、とりあえず出来たとかそんな小さな達成感。

私には、涼太郎さんの思いがしっかりと伝わった。

要領よく生きられないという色々な場面の説明に、深く、深く、賛同する。

誰にでも時は同じだけあり、同じタイミングで針も進むはずなのに、

振り返ってみると、ウソのように過ぎている時がある。

失敗したかなと首を傾げてみたり、時には、何も考えられないくらい熱中してみたり。

そんな不格好なまっすぐさがわかるから……



私はあなたに、強く惹かれてしまうのかもしれない。



「ようやく、こうして言えた」


涼太郎さんは、あらためてピンチを救ってくれてありがとうと、そう言ってくれる。

私が『そんなことはありません』と言った時、私たちの頼んだものが、

同じくらいのタイミングでテーブルに揃った。





「勝手にですか」

「そう。陽太郎からも聞いたでしょう。伊集院のこと」

「はい。以前も来たと……」


話題は『伊集院智』さんのことに代わった。

涼太郎さんは、確かに大学時代の勝負は、そういう結果が出たけれどと言い、

少し困った顔をする。


「あの『マスコン』も、別に、優勝してやろうとか考えて、出たわけではないんだ。
数学が昔から好きで、目の前に問題があったから解いた。それだけなのに……」



『目の前に問題があったから解いた』



そんな出来事、私には一生ない。



「いえいえ、すごいですよ、それ。私、文系ですから、
もう、とにかく数字がアレルギーみたいなもので」


世の中の学生が、進路を決めるのに、どこまでを考えて決めるのか、

アンケートを採ったわけではないので、基準はわからないけれど……


「そもそも文系というのも、私の場合、国語や社会が出来るというより、
数学が壊滅的に出来ないという消極的な理由で、進路を決めましたから」


数学の時間は、何よりも嫌いだった。

長距離も好きではないけれど、それでもまだ、

グラウンドを走っていろと言われた方が、マシだと思える。


「嫌い? 数学」

「数学というより、数字自体も嫌いだと思います。そう、コンビニのレジも、
ひとつずつ計算していけって言われたら、私無理ですし」

「ひとつずつ? いや、それは時間がかかりすぎるでしょう」


涼太郎さんが楽しそうに笑ったので、私も楽しくなる。

向かい合うことにも緊張したし、目が合えば思わず下を向いていたのに、

いつの間にか、自分から話題を振ったり、違いますよなんて否定したり。



この時間が、長く、長く続けばいいと……

本当にそう思えた。


【11-3】



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