11 『迷い』は捨てよう 【11-3】


【11-3】


「大学の頃のことなど、普通なら昔だと流せばいい。
生きていたらわざと負けないとならないときもあるし、
知らないうちに勝つこともあるかもしれないし。
ただ、伊集院は、仕事の傍ら、くだらないことにこだわり続けてもいいくらい、
家に財力があるから、だから厄介なんだ」


確かに、親が『ロギック』の社長で、運転手付きの車に乗っている男の財力は、

相当のものだろう。

あのブログへの熱の入れようも、時間がない人では考えられない。


「向かいのビル、何かにするって言いましたしね」


この前まで、美容室のあった小さなビル。


「おそらく、『ハウスフレンド』との交渉を進めるんじゃないかな」

「『ハウスフレンド』? って、あの……」

「業界最大手のね。うちの前にライバル店舗でも、出すつもりでしょう」


学生時代の恨み。

それで、話しがそこまで大きくなるものなのだろうか。


「伊集院さんの本職は違いますよね、そこまでやりますか」

「まぁ、おそらく……。あぁ、あいつに勝たなければよかった」


涼太郎さんはそういうと、笑いだす。

本当なら、ライバル店舗ということで、笑っている場合ではないのだろうが、

あの伊集院さんを見ている私も、そう、笑いたくなる気持ちは一緒だった。

友達にはなりたくないし、なれないだろうけれど、

妙なハプニング感が、『成功と失敗』を両方兼ね備えている気がしてくる。


「ちょっと、楽しみでもあると、思っていませんか、涼太郎さん」

「……そう見える?」

「見えます」


私は、そういうと、フォークを置く。



食べ物、無くなってしまった。



飲み物も、あと1、2口。

当たり前だけれど、この楽しい時間にも、終わりが来るということで……



嫌だな、もう少し……



「尾田さん、甘い物、食べません?」


涼太郎さんは、メニューの中にある、『ミニパフェ』のチョコバナナを指さしている。

私はその隣にあるストロベリーを指さした。



よかった、もう少し、この時間が続く。



ただ、それだけで……



満腹になっても、もう入らないと思える量でも、絶対に『食べること』を選択する。

涼太郎さんの話している声が聞けて、どうでもいいようなことで笑えて、

今日は、気持ちよく眠ることが出来るのだから。

ウエイトレスにそれぞれミニパフェを注文して、5分後くらいには、

両方がテーブルに揃う。


「こういうものを食べたいなと思っても、男はなかなか頼めない。
だから、コンビニスイーツは売れるらしい」


涼太郎さんは、発注作業で一番力が入るのがスイーツだと、

パフェを食べながら教えてくれる。


「スイーツって、男性、頼みづらいですか?」


私は、そう聞き返す。


「それほどみんなは考えていないのかな。俺だけかもしれないけれど、
どうしても甘いものは女性のものって意識が強い気がして」


ファミレスならともかく、ケーキショップには入りにくいと涼太郎さんに言われ、

それはそうかもしれないと、頷いていく。


「俺は小さい頃、とにかく体が弱くて。陽太郎と保育園に通っていても、
まぁ、3年間、休みと通園の繰り返しだったから」


皆勤賞を取る陽太郎さんとは違い、涼太郎さんは体が弱くよく熱を出し、

当時文房具店をしていたご両親の後ばかり追っていたと、話してくれる。


「最初は、陽太郎もひとりで保育園に行くのは嫌だとかごねたけれど、
だんだんあいつらしく要領を得てきて」

「要領?」

「そう。俺の具合が悪くなると、おふくろが『インディアンナ』で
シュークリームをよく買ってくれて。それが食べられると思ったのか、
年長になる頃には、よく耳元で、『休め、休め』って」

「エ?」

「あいつらしいでしょう、そういうところ」


陽太郎さんは、時々そのささやきをお母さんに聞かれ、怒られていたらしい。

見ていたわけではないけれど、なんとなく私にも予想が出来て、口元が緩んでしまう。


「そういえば、この間……」

「あ……陽太郎がこの話、したのかな」

「いえ、涼太郎さんが小さい頃に体が弱かったと、お父さんが少し……
でも、具体的には……」


本当に具体的には聞いていない。体が弱かった話だけは耳に入ったけれど。

いえ、たとえ聞いていたとしても、もう一度聞かせてもらいたい。

涼太郎さんの口から、聞き直したい、


「文房具店をしていたので、いつも親が家にいるでしょう。
仕事をしているから、寝ていなければつらいとき以外は、よく手伝っていた。
いや、勝手に手伝っていると思っていただけかもしれないけれど」


お店の品物を勝手に並べ替えたり、はたきであちこちをはたいてみたり、

涼太郎さんはそうやって時間を使っていたらしい。


「近所の子供も、結構買いにくる店だったので、自分の目線を考えて、
鉛筆や消しゴムの場所を、動かしてみたりね」

「自分の目線を考えたのですか」

「そう。ダンボールで仕切りを作って、色ごとにわけてみたり」


色々やっても、ほとんどお父さんに直されてしまったと、涼太郎さんは笑う。


「親父が、仕入れ帳のようなものをつけていて。
昔は、近所の学校とか病院に、うちが文房具を卸していたこともあって。
今思うと、それが原点なのかな、数字が好きになった」

「そうですか」


涼太郎さんの話す言葉、声、今まで何度も聞いた。

『尾田さん』と呼んでもらったことも、何度かあったけれど……

今日ほどその一つずつが嬉しく思える日はないと思う。



私だけに……話してくれている。

それだけで、ただ嬉しかった。


【11-4】



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