11 『迷い』は捨てよう 【11-5】


【11-5】


何かを探ろうとする真優の顔。

しかし、このまま逃げられない。


「会社、辞めたの」

「……辞めた? だって、入ったばかりじゃない」

「そうだけれど……」


私は会社が理不尽なことを言ってきたことや、取引先の人の失礼な態度。

そのほか、色々な理由を説明しようとしたが、真優の目はイラストから動かない。


「いいよ、真梨の言い訳は……」


聞きたくないことは聞かないという、真優の態度。


「ねぇ、陽太郎さんが自ら描いてくれたの? 真梨が頼んだの?」

「頼んではいない。ただ、たまたま陽太郎さんが仕事の打ち合わせをしていたとき、
私が同期入社の人と、会社のことを話していて。最初はその人を励ますつもりで、
陽太郎さんナフキンにささっとイラストを描いてくれたの。で、その後……」


その後、しばらくして、私にこれをくれた。

私はこのひよこを見て、周りに助けてくれる仲間がいると信じ、

自分も頑張ろうと思ったのだ。

黙っている真優。今の話は、耳に入ったのだろうか。


「大学の友達がさ、飲み会でちょっと羽目を外して……」

「羽目?」

「そう、先輩のメガネを壊したの。来週から旅行に行くらしくて、
すぐに代わりのものを買わないとならないとかで、それでお金が必要になった」


真優はそういうと、私を見る。


「理由、話したけど。まだ、お金出ない?」


真優の目、哀しいくらいに冷たく見える。


「あ……うん。それならここで待っていて」


私は財布を持ち、階段を降りる。

真優が陽太郎さんを好きになっていること、私も気づいていた。

あの絵をうらやましいと思うことも、どこか予想できたはずなのに。

涼太郎さんとの食事が頭の全てを埋め尽くしていて、そんなこと、すっかり忘れていた。

友達の壊したメガネの代金がどうのこうのって、いまいち理由がわからないけれど、

なんだかこれ以上、聞くのも気が引けて。

『スコッチーズ』の中に入り、ATMに向かう。

手数料はかかるけれど、それは仕方がない。

私はお金を下ろして、また部屋に戻った。


「真優……約束通り、きちんと返し……」


ほんの数分だったはずなのに、部屋へ戻ると、そこら中に本や雑誌、

私が好きでとっておいた漫画などが、散らばっていた。


「どうしたの……これ……」

「ごめん、雑誌でも何か借りて帰ろうかなと思って探していたら、
急に崩れてきて、こんなふうになった」


急に本棚が崩れたたと言うのだろうか。

その割には、あっちこっちに本が散らばっているし、どさっと落ちた雰囲気はない。

真優は、私が握っていた封筒を奪い、さっさと玄関に向かう。


「ちょっと、真優」

「返すって言ったでしょう。時間ないし……」

「これ、片付けてよ」

「すぐにお金を渡しに行きたいの。だったら1週間そのままにしておいてよ。
来週には片付けに来るから」


1週間、このままって……


「あのねぇ……」

「そもそも、くだらない雑誌や本ばかりじゃない、読めるようなものなんて、何もない。
捨てたらいいのに」


真優はそういうと、逃げるように部屋を出て行ってしまった。

逃げていくような足音、私は雑誌や単行本を拾い、棚に戻そうとする。

お金を借りに来たのは真優、貸したのは私。

『ありがとう』と言えない態度、『スコッチーズ』に来て、どなりちらす年配客と、

変わらないじゃないの。


「あ……」


本を持って、ふと顔をあげた時、陽太郎さんがくれた『ヒヨコの絵』が見えて。

きれいな羽の黄色い部分に、薄汚れた線が入っていて、少し……



すぐに左手を当てる。

やっぱり……キャンバス、破れている



真優……



今までに、真優が私から本を借りて帰ろうとしたことなど、一度もない。

だとすると、真優がこの絵に嫉妬して、こんなことしたのだろうか。

私は壁から絵をおろし、少し破れてしまった箇所を、後ろから指で押さえてみる。

ちょっと当たったくらいでは、破れたりはしないだろうという厚み。

となると、わざわざこの場所に、本を強く投げつけたということだろうか。



よりにもよって、私だと言ってくれたひよこの羽の部分。

こんなふうにどうして……



この絵に励まされて、背中を押してもらった。

『スコッチーズ』に臨時で入り、涼太郎さんの役に立つと気持ちが前向きになった。

『ひよこ』というキャラクターが、お店のキャラとも被り、

自分の分身だと思っていたからなのか、心がチクチクする。



涼太郎さんと食事に行けて、楽しく話が出来た日なのに。

陽太郎さんが10日もかかって、描いてくれたものなのに。

最高の日は、最低な感情を残した妹に、押しつぶされそうだった。





『遠慮』と『序列』

同じ姉妹なのに、いつのまにかこんな状態が出来上がっていた。

母親には、とにかく妹と比べられた。

真優が優秀で、私はその他。

そういった生活の流れが、こんなゆがんだ感情に、当たり前のように支配されてしまって。

そういう母の身勝手な部分は嫌いだと言えるくらいだけれど、

親には育ててもらったという恩がもちろんあるだけに、強くは言えない。

でも、妹には……真優には別に、そんな感情は持っていない。

確かに大学は向こうが優秀だ。人からの期待も大きい。

でも、友達のピンチとはいえ、自分が用意できないからお金を借りに来たくせに、

陽太郎さんが描いてくれたものだったから腹を立てた。



自分ではなく、この私に……描いてくれたという事実。



悔しさがわからないわけではない。だからといって、傷つけて許されるはずもない。

後ろに少し布を貼って、うまくごまかすことが出来るだろうか。

汚れた線が入った場所は、消しゴムで消すのも難しいだろうし……


「尾田さん」

「はい」


いけない、研修中。

今日から朝の勤務に、入った私。

ベテランパートの藤田さんにおそわりながら、床やトイレの掃除、

そして品物を出すこと、揚げ物をあげてそろえることなど、

予定の時間通りにこなしていく。


「やっぱり若いから、覚えるのが早いわね。
涼太郎さんに、『もう、藤田さんは必要ないですよ』って言われちゃうかしら」

「いえいえ、そんな……私は……」


私は、あくまでも臨時。


「少しだけお手伝いして、就職活動をしないとならないので」


親元からバイトに来ているのなら、毎日ロングで働けば生活出来ないこともない。

でも、私には家賃も光熱費も、食費も自分にかかってくる。


「そうよね、バイトのお金だけじゃね」

「はい」


そう言いながらも、自分自身、『そうだよね』と心に言い聞かせていた。


【12-1】



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