12 『仕事』を頑張ろう 【12-3】


【12-3】


『涼太郎、今会ったでしょう。陽ちゃんと真梨ちゃん、デートだってさ』



珠美さんに悪気はないだろうが、そんな会話が想像できる。

涼太郎さんは『そう』と言うだけで……



ほんのちょっとだけ近づけた距離が、あっという間に離れてしまう。



「真梨ちゃんは、正直ものだな」

「エ……」

「初めて会ったときから、そう思ったからさ」


陽太郎さんはそれだけを言うと、今日はいい天気だったねと話題を変えてしまう。

カーステレオからは、誰だかわからない洋楽が、流れてくる。


「陽太郎さんは強引な人だなと、思っているだろう」


陽太郎さんの台詞に、私は少しだけ首を振る。


「またまた」

「いえ……陽太郎さんらしいなと思うだけです」

「それがそういう意味だろうが」


私は、少しだけ口元を動かすと、どんなお店に行くのですかと、聞いてみる。

陽太郎さんは、『それを今話したら楽しくないでしょう』と言いながら、

さらにスピードをあげた。





陽太郎さんの運転する車は、明らかに都心から離れていく。

賑やかだった町並みが、だんだんと別の景色に代わりだし、

高速を降りた頃には、少しだけ潮の香りが漂い出す。


「海の方に向かっています?」

「よくおわかりで」


その言葉とほぼ同じタイミングで、陽太郎さんは左に曲がる。

そこには車が数台止められる駐車場があったが、

全てが埋まっているように見えた。


「混んでいるみたいですね、場所、空いてませんよ」

「大丈夫、奥にもある」


陽太郎さんの言うとおり、その敷地の奥に、残り2台分が空いていた。

軽自動車と言うこともあり、楽々と駐車する。


「停められてよかったですね」

「急いで正解。あと30分遅かったら無理だったかも」


私は助手席から降りると、運転席から出てくる陽太郎さんを待つ。

それにしても、何かの倉庫に見えるような、トタン造りのお店。

陽太郎さんの後に続くと、『いらっしゃいませ』と威勢のいい挨拶を受けた。

外側の地味さに比べて、中は大漁旗など、見事に飾られている。

店員さんに案内されて、私たちはテーブル席に座った。

なんだろう、私が今まで、経験したことがないお店のイメージ。


「ここで食事をするなら、本当はお酒を飲みたいところだけれど、
今日は他の運転手がいないから辞めておこう」


陽太郎さんは、私の方へメニューを広げてくれる。


「この間さ、ほら、絵を飾りに行った日」

「あ、はい……」


ひよこの絵。

そうだ……言わないと。

私は広げてもらったメニューを一度閉じる。


「何? どうした」


このまま雰囲気に流されてはだめ。

まずは、しっかりと……

そう思ったのに、目の前で大歓声が上がる。

料理人さんが、大きな魚を台に乗せ、包丁を使ってさばきだした。

すごい……


「あの日さぁ、ほら、絵を持って行った日。真梨ちゃん刺身食べようとしていただろ。
でも、少ししか入っていなくて。まぁ、スーパーとかで買えば、
一人暮らしはあんなふうになるけどさ」


絵をもらった日。確かに陽太郎さんがお刺身を見て、

少ないと言ったことを思い出す。陽太郎さんは、私がお刺身を好きなのだろうと思い、

今日はここを選んでくれた。


「地元で漁師をしている人たちが経営している店だ。だからもういいよってくらい、
たくさん食べて帰ったらいい」


陽太郎さんは手を上げて、店員を呼ぶと、お刺身の盛り合わせや、

煮魚のおかずがついたセットなどを注文してくれる。


「そうです。あの日、スーパーで202号室の石田さんに会いました」

「石田……あぁ、森太ね、トリマーの」

「はい。同じお刺身の盛り合わせに手を伸ばしていたんです。
結局、私に譲ってくれましたけど」

「ほぉ……あいつが犬や猫以外に、そんな優しさを見せるとはね」


陽太郎さんは、石田さんが犬や猫には心を開けるのに、

相手が人だと、なかなか積極的になれなくて、

お見合いも3回失敗したことを教えてくれる。


「うちのおふくろがさ、お節介だから。森太に見合いを勧めたけど、
あいつ、一方的に犬や猫の習性? それを話し続けておしまい……だったわけ」


初めて出会った女性に、一方的に語るのは確かに厳禁かもしれない。

陽太郎さんは、2階を借りている山瀬さん以外の2人は、ちょっと癖がある人間だと、

もう一人の201号室の沢田さんについても、話してくれる。


「ポテチが主食の沢田いるだろ。あいつ、それをただ食べるのではなくて、
色々と料理するんだ」

「エ……料理?」


ポテトチップスは、ポテトチップスにしかならないのではないだろうか。

元々『おいも』だけれど……


「驚くだろ、でも本当なんだ。白米の中に、細かく砕いたポテチを入れて、
握り飯にしてみたり。前は味噌汁に入れたと、自慢げに言っていたな」


陽太郎さんは、沢田に頼み事があるときは、ポテトチップスを包むといいよと、

笑いながら付け加える。そんな話をしていたら、お刺身の盛り合わせが運ばれてきた。

思っていたよりもたくさんの量に、声が出なくなる。


「さぁ、食べましょう」

「……はい」


お刺身は大好きだけれど、金額も高い。

となると、就職活動中の身としては、なかなか手が出ない。

『いただきます』と言った後、赤身をまずは味わうことにする。

弾力があって、うまみも口に広がっていく。

そもそも、スーパーの切り身のように、薄っぺらくないから、

味わっている感が、本当にしっかりと伝わってきた。


「おいしい……」

「でしょう。ここは本当におすすめなんだ」


陽太郎さんもお箸を持つと、同じようにお刺身を食べ始める。

そして温かいご飯、煮魚などのセットがテーブルに届き、

『お魚コース』とも言えるくらいの、料理が広がった。


【12-3】



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