12 『仕事』を頑張ろう 【12-4】


【12-4】


「ここのところさ、仕事が2つ重なっていて、自由な時間が取れなかったから、
まぁ、ストレスがたまる、たまる」


陽太郎さんは、雑誌に掲載するイラストと、

『緑山大学』の広報誌に載せるイラストとを掛け持っていたため、

ほとんど部屋から出なかったらしい。


「真優ちゃんに一昨日だったかな、大学で会ってね。細貝先生のところに行くとき、
また誘ってくださいねって、言ってもらったんだ」


真優……

大学には行っているんだ。


「あ、そうですか」

「うん……そうしたらさ、真優ちゃんから、絵のことを言われてね」



ひよこの絵のこと……



そうだった。私、このお店に入って、すぐに話すつもりだったのに。

魚をさばく店員を見ていた人たちの歓声に、すっかり忘れてしまっていた。

食べる前に、謝らなくてはいけなかったのに。


「真優が……自分で話しましたか」

「うん。バランスを崩して、絵にぶつかって、傷つけてしまったって……」



『バランスを崩して……』



真優は、本を取ろうとしたと、あの日も私にそう言った。

陽太郎さんにも、それで通したのだろうか。


「あの……」

「ごめんなさいと謝ったけれど、真梨ちゃんが怒って、あれから口も聞いてくれないし、
電話をかけても、すぐに切られてしまうと……落ち込んでいた」




ウソ……




真優は陽太郎さんにウソをついた。




「いや、あの……」

「確かに、大切な絵だから申し訳ないとは思うけれど、不可抗力だから許して欲しいのに、
どうしたらいいかって……」


陽太郎さんは、あの明るい真優が、めずらしくため息を落としていたよと、

そう言ってくる。


私が怒って、口をきかない?


そんなことはない。あの日だって、飛び出していったのは自分の方なのに。

絵を傷つけたことは話しているけれど、事実とは少し違う方向に動かし、

それが本当であるかのように、先回りして陽太郎さんに伝えてしまった。

『怒りの結果』で破ったのではなく、『不可抗力』だとしてしまえば、

それ以上、誰も責めることが出来ないから。



『それは違います、勝手に気分を損ねて、絵を傷つけたのは妹です。
私は驚いただけで、怒ったとか、電話を切ったなんて、そんなことなくて……』



と言おうかとも思ったが、それは……


「……すみません、陽太郎さん。食事の前に言おうと思ったのですが。
うわぁって歓声があがったのを聞いて、私、すっかり……」


ここでむきになって、真優を嘘つきにしても、

陽太郎さんがその現場を見ていたわけではないので、

どっちが本当なのかわからない。

妹は、いい子ぶっているけれど、こんな嫌なところもあると必死になったって、

何よりも、陽太郎さんに対してみっともないだけ。

ここは真優が私に言ったように、『本を取ろうとしてバランスを崩した』に、

合わせておくべき。


「前にも注意されましたよね、カーテンをつけようとテーブルに乗ろうとして。
これはそういうものではないよって」


私が未熟で、失敗だらけなのは、当たり前なのだから、

『全くしょうがないな』と思ってもらえば、それでいいはず。


「そう言われていたのに、変なところだけ大胆なところがあるんですよ、私。
だから今回は大丈夫かなと、真優に……」

「真優ちゃんが、あのテーブルに乗って?」

「はい。手を伸ばして取ればと……私が言ってしまって」


本来の用途とは違うものに乗ったために、バランスを崩した。

だから……


「ふーん……」


私も、ウソをついた。

真優のウソを、事実にしてしまった。

『戦わない』という結果を、引き寄せてしまう。


「それで怒ったの? 口もきかないって」

「あ、えっと……それは……」


口をきかないなんて、事実はなくて。


「陽太郎さんに、どう言おうかと考えてしまって……。真優はそれを怒ったと、
勘違いしたのかな」



陽太郎さん……



『そうか、そうなんだ』と、明るく終わりにしてくれるかと思ったのに、

言葉がそこから続いてこない。ひよこの作品、10日くらいかかったと、

涼太郎さんから聞いている。忙しい仕事の合間を見つけて、

私を励ますために描いてくれたのに。

思えば、思うほど、『悪いのは私だ』と、心がぎゅっと押しつぶされていく。


「本当に、すみません、私の不注意です」


真優がこうした、どうしたなんて、関係ない気がした。

ようするに、私の管理力のなさ。

こんなに素敵な場所で、食事なんてしていられるような立場ではなかったのに。

お刺身と煮魚の匂いに負け、謝罪を置き忘れていた。


「きちんと謝らないで、すみません」


本当にごめんなさい。

でも、これ以上、こんな重い空気の中にいるのはつらくて。


「真梨ちゃん」

「はい」

「俺はさ、絵が傷付いたことを、どうのこうの言っているわけではないんだよね。
ただ、どう受け止めたらいいのかが、わからない」


陽太郎さんはそういうと、軽く首を傾げてしまう。


「真優ちゃんが言っていたのは、本を出そうとしたわけではなくて、
本棚を移動して欲しいと頼まれて、バランスを崩したと、そう言っていたんだ」

「エ……」


本棚の移動。

真梨は、自分が私の部屋に来た時、私が片付けをしていて、それの手伝いをしたこと、

その中で、空の本棚を動かそうとして、バランスを崩し、絵に傷をつけたと説明した。


「大学が休みだったから、来てくれないかと頼まれて。
そうしたら模様替えの手伝いだったと」


あの日は夜だった。だから私はあの日を前提に、理由付けをした。

でも、真優は、最初から事実などどうでもよくて、状況的におかしくない風景を作り、

陽太郎さんに説明したんだ。

確かに、本を取ろうとしてバランスを崩したというより、

本棚の移動で傷つけたという方が、真実味がある。


「あの……」


『尾田真梨は嘘つきだ』

陽太郎さんはそう思っただろう。


【12-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント