12 『仕事』を頑張ろう 【12-5】


【12-5】


「傷をつけたのは、真優ちゃんの方。これは間違いがなさそうだね。
どういう経緯があったのかはわからないけれど、
真梨ちゃんは妹のしたことをどうすべきか迷っていた。彼女は逆に、俺に先に言うことで、
少しでも自分に有利な状況を作り出そうとした。そう見たけれど……違うかな」


何をどう付け加えたらおかしくならないのか、いや、少しはマシになるのか、

誰か教えて欲しい。


「真梨ちゃんが怒って、口をきかないとか、電話を切ってしまうなんてないだろう。
それなのにどうして自分が悪いって……言えちゃうのかな、君も……」



君も……



君もということは、他にもということだろうか。


「あのひよこの絵が、真梨ちゃんを前向きにさせたのなら、それでOK。
メッセージは受け取ってもらえた。傷つけたことも、気にすることなどない。
ほら、もっと食べよう」

「……はい」


そこから陽太郎さんは絵のことについて、何も言わなかった。

仕事の話や、細貝先生の話、そしてこのお店を知ったのは、

近くに大学の先輩が住んでいたからということも、教えてもらう。

お腹はいっぱいになり、楽しい話に笑っていると、時計の針はどんどんと進んだ。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「はい……」


私は涼太郎さんの時に学んでいたので、先に伝票を取ろうとテーブルを見た。

しかし、伝票は存在しない。


「あれ?」

「会計は終わってるからいいよ」

「エ!」


陽太郎さんは、店員に手をあげると、『また来るから』と店を出てしまう。

私は荷物を持ち、その後に続く。


「陽太郎さん、陽太郎さん」

「何」

「お会計……私も払います」

「いいよ、今日は」

「いえ」


絵を傷つけ、さらにおごってもらうだなんて、明日からまともに顔が見られない。


「ダメですよ、私、そんなつもりで来ていませんから。
絵のことも謝ろうと思っていましたし、だから、せめて割り勘に」

「割り勘?」

「はい……」

「涼太郎とも、そうしたの?」



……ん?



「この間、涼太郎と食事、行っただろ」


陽太郎さん、どうしてそのことを知っているのだろう。

涼太郎さんが話したということだろうか。


「はい……」


ウソではないので、正直に認める私。


「あいつは、どこに連れて行ったの?」


どこって……


「『コレック』に行きました」


二人で歩いて、ファミレスに行きました。


「は? 駅からすぐの?」

「はい」

「つまんねぇことするな」


陽太郎さんはそう言いながら、車のロックを解除する。


「それでも……」


陽太郎さんは、軽自動車の屋根部分に両手を置き、その上に顔を出す。

車を間に挟んで、運転席側の陽太郎さんと、助手席側の私。


「真梨ちゃんは……涼太郎だよね」


『真梨ちゃんは、涼太郎』

私がイコール涼太郎さんではないことくらい、誰だってわかるのだから、

それはつまり、『私が惹かれているのは、涼太郎さんだよね』と、

言われたことになる。

おそらく1秒か、2秒だったと思うけれど、瞬間的に時が止まった気がした。

先に動いたのは陽太郎さんで、運転席に座る。

私はドアノブに手をかけ、静かに助手席へ座った。


『何を言っているのですか、もう!』


今のシーンは、そう笑ってごまかしを入れるところだったはずなのに、

あまりにも図星過ぎて、否定することも忘れてしまった私。

思い切り、涼太郎さんへの思いを、明らかにした気分。


「あの……今日はごちそうさまでした。絵のこともあったのに、すみません。
次は、私がおごりますから」


私がそういうと、陽太郎さんが横を向く。


「いいよ、そんなふうにバランスを保とうとしなくても。
ここへ連れてこようと考えたのも俺だし、デートだって騒いだのも俺だからさ」

「いえ……本当に楽しかったです」


それはウソではなく、本当のことだった。

マンションに住む人たちのことも、陽太郎さんの仕事の話も、

退屈することなく聞けたのは、彼の話し方や興味のひき方がうまいからだと思う。


「本当に?」

「本当です……」


陽太郎さんの目。そして、口元が少し動く。


「まぁ、そうだね。真梨ちゃんはウソがつけない人だから」

「……はい」


そう、私はウソがつけない。

繕うことが苦手な、かみ合わない人生を送る未熟な社会人。


「わかった、それなら真梨ちゃんの言うことを信じよう」

「はい」


陽太郎さんは正面を向くと、エンジンをかけ車を動かし始める。

ライトが光り、暗かった道路を明るく照らす。


「次かぁ……どんなところに連れて行ってくれるのか、楽しみにしているからね」



どんなところ……



「あ、えっと」

「洋食かな、それとも和食かな。思い切って手作りでもいいよ?」


陽太郎さんはとりあえず好き嫌いはないからねと言いながら、

鼻歌交じりにご機嫌な運転を続けている。

そう……自分で『次』を言い出した。

それを後悔しているわけではないけれど、陽太郎さんの行動範囲の広さからいって、



『つまんねぇことするな……』



『コレック』に行った、涼太郎さんのことを、そう表現していたし。

私は、次に、どういうお店を出せばいいのかわからない。


潮の香りがだんだん薄れていき、都会のネオンが眩しくなり始める。

『スコッチーズ』の前に車が止まるまで、私の頭はこの思いを繰り返すだけだった


【13-1】



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