16 『意見』は聞こう 【16-1】

16 『意見』は聞こう


【16-1】


「あ……ごめん。話がずれていて」

「いえ……」


涼太郎さんは、ひろみさんの話から、私の話に戻してくれる。

社員になると、時給ではないため、固定給。

基本勤務は、今までのように朝と昼だけれど、週の中で5日は必ず出なければならないし、

それも土曜や日曜という、パートが集まりにくい時間を、埋めることになる。


「陽太郎の仕事が、この半年くらいで結構増えてきていて、店に入ってもらうのも、
大変そうだし。お袋も、親父の世話があるから、店にしばるのもどうかなと思って。
なんだかこちらの都合なので、尾田さんが決めてくれて構わないです。
今まで通りバイトの方が色々と楽だと言うのなら、それでいいですし、
他の就職を探した方がというのなら、もちろんそれで構いません。
それに、うちは社員になったからといって、しばるつもりはないですから」


涼太郎さんは、平行して他の企業を探して構わないとそう言ってくれる。


「さすがに、この店で働くことが一番有意義ですよとは、俺も言えませんし」


私は首を軽く振りながら、条件面のところを見る。


「あの、これ……半額って」

「あぁ……はい。社員になってもらえたら、上の部屋も社宅扱いにします。
家賃は半額援助で」


それは大きい。

もらえる金額は、確かに高給取りとは言えないが、色々な面を考えたら、

悪い話にも思えない。



なにしろ、こうして……



「少し、考えさせてください」

「はい、ぜひ」


涼太郎さんの目を見たら、『すぐにお願いします』と言いそうになった。

さすがにそれは、ちょっと焦りすぎ。

待ち構えていたと思われたら、少し恥ずかしいし。


「社員となると、夜勤とかも、お願いするかもしれません。
あのもちろん一人ではないです。女性1人は禁止ですし。でも……」

「はい、わかります」


私の父は料理人で、母は理容師。

サラリーマン家庭ではないので、商売というものも、少しはわかる。

家族だからこそ、小さなお店だからこそ、負担もあるだろう。


「長い時間、ごめんなさい。少し、考えてみてください」

「はい、ありがとうございます」


私は用紙を受け取ると、『お疲れ様でした』と頭を下げ、お店を出る。

階段をあがりながら、だんだんと自分の顔がにやけてくるのがわかった。

出て行かないとならないと思っていた場所に、とどまってもいいという話。

涼太郎さんがそれを、わざわざ提案してくれた。

ということは、そう思ってくれているという証拠。

社員として働いて、借りている部屋の家賃も安くなるのなら……


「こんばんは」

「あ……こんばんは」


202のトリマー石田さん。

今日はこれから出陣ですと、階段ですれ違う。


「あ……」


『私も参戦します』と石田さんを追いかけ、そのまま階段を降りた。





石田さんの新たな情報もあり、別のお店で色々とお得なものを見つけることが出来た。

冷蔵庫に食材を詰め、料理を開始する。

お鍋に具を入れて、火をつけて……

床の上に置いたバッグから、もらった書類を出す。



『社員』か……



特に誇れる資格もなければ、これといった特技もない。

だからこそ、どこかに入り込まないと生きていけないくらいに考えていた。

大きなものに守ってもらわないと、何も出来ないのだから……と。


でも……


お店を飾ったことや、お客様とちょっとした会話をしたことで、

『ありがたい』とか『よかった』と褒めてもらったことが、私はとても嬉しかった。

昔から細々としたことをするのは嫌いではなかったから、

秋になったらどんなふうに飾ってみようかとか、

レジ前のスペースにどんな商品を並べてみようかとか、

自分がお客様になったつもりで考えるのは、本当に楽しい。

伊集院さんが目の前にライバル店を持ってくると言うのだから、

自分のアイデアが、どれだけお店のために役立つのか、少し挑戦してみたい気持ちもある。

なんていったって、涼太郎さんと一緒に、同じ方角を見て、仕事が出来るし。


「ふぅ……」


ここまで順調に考えていた頭に、大きな黒い雲。

そう、真優と母。

私が大学を出て、東京に残ると言った時、就職を決めたと言ったから、渋々許された。

『それは、東京にしかない就職』があるということを、

少なからず母も知っているからで。

『スコッチーズ』で、水田家の経営する会社で働くのだと言ったら、

つまり、コンビニの店員さんになると言ったら……

おそらく母は、『田舎でも出来るでしょう』と、絶対に頭から反対する。

そうだ、真優にはもう『ブラインドラベル』を辞めたこと、知られているし。



でも……



私は、消極的に仕事を選ぼうとしているわけではない。

ここなら、そう、以前、『ブラインドラベル』で同期だった前原さんに言われた。

『次はやれると思う場所を選べ』って。



そう、私は自分で仕事を選ぶ。



明日、涼太郎さんに会ったら、正式にお願いしようと心に決めて、

その日は早めに眠った。





決意の日、それは朝からじめじめとした雨。

今日は、前から鶴田さんが休暇の申請をしていたので、藤田さんと2人。

やはり天気が悪いと、このくらいの時間に現れる通院のお年寄りも少ないのか、

仕事はどんどんはかどっていく。


「今日から3日連続で雨だって、嫌よね」

「そうですよね、洗濯物が」

「本当よ。うちなんて、高校生の息子が2人いるから、部活で汚すでしょう。
サッカー部だから、雨でもやるわけよ。迷惑な話よ」

「サッカー部なんですか、息子さん」

「そうそう、強くもないのにさ」


藤田さんの台詞に、私は『それはまた別ですよ』と言い返す。

床が雨で濡れて、お客様が滑ると困るので、私はモップを持ち、すぐに拭き取った。

すると、今日も目の前の道路に、『ハウスフレンド』の営業車が止まる。

その隣にあるのは、工事用の車。

全てを覆っているカバーが、取られていく。

オープンまで、あとどれくらいなのだろう。

『スコッチーズは7年連続2位』と言った、伊集院さんの言葉を借りると、

『ハウスフレンドに7年連続負け続けている』ということだろう。

後から出てくるお店に、負けないようにするには……


「いらっしゃいませ……」


自動扉が開いたので、お客様かと思い顔を向けると、

入ってきたのは少し不機嫌そうな陽太郎さんだった。


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