16 『意見』は聞こう 【16-4】


【16-4】


「へぇ……」


『so happy』の挨拶をブログに入れる人が、織田信長の花押に憧れているという、

この意味不明さ。


「あ……ねぇ、1階は『ハウスフレンド』なのでしょう」


せっかく来てくれたのだから、情報は取り入れておこうと思う私。


「うん……そうなの。『ハウスフレンド』が1階。2階は、『行政書士』の方が借りて、
あと、以前からある、子供の音楽教室」

「音楽教室……あぁ、そうだった」


改築になるため、以前借りていた『音楽教室』はそのまま残るらしい。


「3階は?」

「3階は、『SHY』の柚原営業所になる。あ、そうそう、私はここに来ます」

「柚原営業所? 何……『SHY』っていくつもあるの?」


さすが大手建設会社『ロギック』の跡取り。

道楽かと思っていた仕事も、それだけ規模があるのかと驚かされる。


「ないわよ、ここだけ」

「……ん?」

「よくわからないけれど、社長がそう言うから。ここは『柚原営業所』だって」


君野さんはせっかくだから、買い物をしていくねとカゴを持ち、店内を歩き始める。

私は受け取った菓子折を持ったまま、向かいのビルを見た。


一番上の3階。

1つしかないのに『営業所』

よくわからない……


君野さんはきっと、幼い頃から素直に育ってきたのだろう。

『疑う』とか『文句を言う』とか、してこなかったのかも。

『ブラインドラベル』でも、先輩が呆れてしまったと話してくれたし。

それでも……



確かに、憎めない人だ。

買い物カゴに、駄菓子をたくさん入れながら、

嬉しそうに買い物をする君野さんがそこにいた。





「挨拶」

「はい。伊集院さんの会社に、私が以前務めていた
『ブラインドラベル』の同期が入社して、持ってきてくれました」

「あ……確か、そうだったね、聞いた気がする」

「あれ? 話しましたっけ。すみません、繰り返して」

「いやいや、そんなこといいよ」


伊集院さんの菓子折。

涼太郎さんの事務机の上に、まだ乗ったままだ。


「そうか、もう全て埋まっているわけだね」

「あの口ぶりではそうみたいです」

「そうか」


涼太郎さんが少し考えるような仕草をしたので、『何かありましたか』と聞き返した。

発注データを送信出来たのか、肩にかけていた機械を外す。


「うん……ひろみのさぁ……」


『庄司ひろみ』さん。

そうだ、前にもそんなこと……


「事務所、まだ決まらないのですか」

「うん……先輩はある程度我慢して受け入れようと言っているみたいだけれど、
あいつは、出発だからこそ、ケチのついたような場所は嫌だと、言っているようで」


新しく何かを始める時、確かに不満部分が残るのは気持ちが前に向かない。


「そうですよね」

「あいつもビルのことに気づいて、空いているところがないのかと聞いてきたけれど、
並木の店が扱っていない物件だし、何しろ伊集院だろ」


伊集院だろ……の言葉に、全てがわかる気がして、大きく頷く私。


「関わりたくないしさ、本音を言うと」


さらに、さらに大きく頷く。


「まぁ……どうにかするでしょう」


涼太郎さんはそういうと、一度事務所に戻っていく。

私は店内の機械温度を確認しながら、

過去ではなく、今の涼太郎さんはひろみさんをどう思っているのか気になった。





そして、約束の木曜日。

私はいつも通り仕事をこなす。

当日、編集者との打ち合わせがあるという陽太郎さんは、

『華帆』に直接来てくれることになっているため、

私は涼太郎さんと待ち合わせをし、一緒に向かうことにする。


「それではすみません、山瀬さん、珠美さん」

「任せておいて。1時間後には沢田君も来るしね」

「はい。沢田さんには、ちゃんと『ポテチ3袋』でお願いしました」

「ほぉ……すでに手なづけたね、真梨ちゃん」

「いえいえ」


山瀬さんは一足先に店に出てくれる。


「真梨ちゃん」

「はい」

「ありがとうね」


珠美さんは私にお礼を言うと、笑顔を見せてくれた。

お礼の意味がわからない私は、なんとなく中途半端に頷いてしまう。


「陽太郎と涼太郎。本当は互いのこと認めているはずなのに、何かと反発してさ。
あの年齢になると、向かい合って話すことも実際ないのよ。私も典之も、
何度か間に入ろうとしたけれど、どっちも違った形で意地っ張りだし」

「はい」


意地っ張りなのは、わかる気がする。

いい意味で言えば、二人とも憧れるくらい『自分』を持っている。


「真梨ちゃんも、思ったことをいいなね。ほら、前に話したじゃない。『満足感』のこと」

「はい。その珠美さんの言葉で、私一歩進めます」

「本当に? 嬉しいな」


それはお世辞ではなく本当のこと。

自分がやってみたい、仕事をして満足感を味わいたいと、私が思っている。

だから、前進するわけで。


「それではお先に失礼します」

「じゃね!」


私は山瀬さんたちに見送られ、一度部屋に戻ると、着替えをした。

さっさと出て行こうかと思ったが、一度洗面台の前に立ち、

ファンデーションも直していく。


「よし……」


忘れないように鍵をかけ、階段を降りる。

下まで着くと、涼太郎さんが立っているのが見えた。


【16-5】



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