17 『荷物』を運ぼう 【17-5】


【17-5】


「エ……」

「2階の行政書士の事務所が、契約前にキャンセルになったらしくてさ。
タイミングがいいのか悪いのか」

「それなら、借りられたのですか」

「なんだか今日、先輩と見に来るらしい。あいつはその気だったけれど……」


涼太郎さんは次の日、伊集院さんとひろみさんのその後を教えてくれた。

『SHY』側も、穴埋めしてくれる企業が出てきたということで、喜んでいるのだろう。



涼太郎さんも、ひろみさんが近くにいることになるのは、

喜ばしいことだと思っているのだろうか……



「何?」

「あ、いえ」


つい、ボーッと涼太郎さんを見てしまった。

お客様がいないのだから、顔出し、前出ししないと。

そう、この間、本部社員の方が教えてくれたこと。

『前出し』とは、商品をなるべく前に出して、お客様に取りやすくすること。

また、押し出されるような状態を見せることで、量がたくさんあるようにも見える。

陳列棚に空白は作らないようにするために、

売れているものは2列や3列にすることもあった。

『顔出し』というのは、商品名がしっかりお客様にわかるようにすること。

統一感が出来、綺麗な店内に見える効果もある。


「すみません……」

「はい」

「常温のお水はありますか?」

「あ、はい、どうぞこちらに」


そう、『スコッチーズ』では飲み物が3種類の温度で展開されている。

冷たいもの、そして秋の手前くらいからは温かいもの。

さらに、お水とお茶だけは、『常温』も置く。


「あぁ、ありがとう……薬を飲まないとならなくてね。
でも、冷たいものは、バックの中に入れたりすると、濡れてしまうでしょう」

「そうですね」


ビニール袋に入れてあげても、水滴は出てしまう。

ご年配の女性は、小さな常温の水が入るペットボトルを取った。


「どうぞ、こちらに」


私はその商品を受け取り、レジでバーコードを読み込む。


「あら……みたらし美味しそうね」

「はい、『スコッチカード』をお持ちのお客様だと、今週は少しお安くなっています」

「あ、あります」


お客様は、結局お水とみたらし団子を購入すると、お店を出た。

私は『ありがとうございました』と頭を下げ、買い物のカゴを元の位置に戻す。


「尾田さん」

「はい」

「週末、スコッチーズの本部社員が来て、
うちの店頭で『スコッチカード』の特別入会セールをやることになった」


『ハウスフレンド』が出来ることがわかったため、

その前に『スコッチカード』の入会者を増やそうという本部の提案。

私も実際にそうだけれど、やはりポイントがつくカードを持っていると、

同じようなコンビニが並んでいても、どうせならそっちで買おうと思うものだ。

それぞれのコンビニで品揃えも違うし、いや、細かいことを言うと、

『スコッチーズ』同士でも、商品のラインナップは違っている。

がしかし、普通の消費者には、ほぼ同じに見えるものだ。


「わかりました」

「そのときに、本部の人が来て、尾田さんの『ステップアップ試験』もしてくれるから。
『ピヨピヨブック』の復習と、あと、こういった発注作業? そこだけは出来るように」

「はい」


『試験』かぁ……

そうだった。私は頑張って成長していかないと。

ひよこのままでは、いつまでたっても、一人前とは言えない。


「頑張ります」

「頼みます」


涼太郎さんと、同じものについて話が出来るという喜び。

『ハウスフレンド』が目の前に立つのは、もちろん怖くもあるけれど、

一緒に立ち向かえるというのは、悪くない。



そして、毎週水曜日、そこが私の『別仕事日』と決まる。



「はい、それではこれを持って」

「はい」


『TARO』の社員となったため、今日は陽太郎さんの雑用担当。

お店は、藤田さんと鶴田さんがしっかりと守ってくれているし、

また少しお父さんが入院したため、涼太郎さん達のお母さんも、出てくれることになる。


「これ、絵の具ですか」

「そうですよ」

「すごい数ですね」

「まぁ、これでも一応プロですから」

「あ……そうでした」


私は道具のセットを持ちながら、階段を降りる。

『スコッチーズ』の前を通り、今度は『SHY』のビルの方へ向かう。



『ティラノザ』



伊集院さんが内装のデザインを引き受けたこのビルは、外壁もしっかり塗り替えられた。

以前は白のモルタルで、どこか薄汚れたところがあったが、今は、茶色と緑を使い、

イメージをガラリと変えた。

1階の『ハウスフレンド』には、内装が終了したため、さらに機材も運び込まれる。


「うちよりは、少し狭そうですね」

「ん? どうかな。横にあるか、縦にあるかの違いじゃないか?」


陽太郎さんはどうでもいいよという口調で、階段を上がりだした。

『佐藤ビル』だった名前は『ティラノザ』となり、階段も殺風景なものから、

扉がついただけあって、雨なども吹き込まなくなる。

防水のシートも貼り付けられたため、滑り止めの効果もありそう。


「ったくなぁ、伊集院のバカ。どうせこんなふうにするのなら、
エレベーターにでもしたらよかったんだよ」


伊集院さんに文句を言いながらも、陽太郎さんは軽快に3階まであがっていく。

階段を上がりきると、入り口が2つあって、最初に出てくるのが『SHY』。

そして奥になるのが、陽太郎さんのアトリエ。


「よいしょっと」


広さはたいしたことはないが、確かにここなら落ち着いて作品活動が出来そうだ。

私は小さな台があったので、そこに道具のセットをおく。


「うわぁ……いいですね、3階からの景色」


正面になるのは『水田ビル』。

私の部屋がちょうど端にあるため、窓のカーテンがわかった。

そして、少し斜めに視線を動かすと、緑の山が見える。


「あっち側に山、見えるんですね。2階の部屋だと見えないけれど、
1つ階が上がって、道路の反対側だとこれだけ違うんだな」


こんなふうに緑が見えると、まだまだ自然がたくさんあるのだと、

あらためて思えてしまう。


「ねぇ、陽太郎さん……あれ?」


振り返ってみると、陽太郎さんはすでにいなかった。

私は慌てて外に出る。

階段まで来ると、少し前を歩いているのが見えた。


【18-1】



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